第1章

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 真理愛の一見おっとりしてるがストレートに気持ちをぶつけてくる姿勢は何のフィルターもバイアスもかけない屈託のない少女のようで、とても二人の大学生を送り出した女性とは思えない。光太郎はそんな会話の中に垣間見える知性に更なる魅力を感じていた。  光太郎は一目ぼれした女性をナンパし再会を約束したと思い込んでいたが、真理愛はあの薪能の夜から光太郎とわかっていたのだ。もっとも真理愛自身も運命的な偶然の出会いに大変驚いたことはまぎれもない事実であるが...。    恐らく結果論的に言えば、二人の再会は明かすことのできない互いの忍ぶ想いを確認するための儀式であり二人が向かう未来への通過儀礼ともいえるものだったのかもしれない。  背後に構える金沢市民の森の金沢山(きんたくさん)を映す浄土式庭園の池の畔をゆっくり歩いた二人は木立に囲まれたベンチに腰をおろしフレンズでは交わしたことのないお互いのことを話した。  二人はちょうど一回り違いの同じ干支であることや真理愛の嫁ぎ先が「たじま」という仙台の老舗料亭であることや地元金沢の小柴産アナゴの仕入れと称して機を見ては、たびたび実家である金沢八景へ帰省してることや光太郎が生まれて間もなく称名寺の裏手に住んでいたことを知ると真理愛は同郷だと大いに喜んで二人の距離は一気に縮まった。    光太郎は真理愛と綴ってマリエと読む名前が気になり尋ねてみた。 「真理愛さんの名前はマリアではなくマリエと読むんですね?」 「えぇ、変わってるでしょ!? 私の父はクリスチャンで子どもが出来たら”真理”と”真の愛”から取ってマリアにしたかったらしいの。でも私の旧姓は綾部と書いてアベと読むんだけど,マリアでは余りにもやりすぎると母や祖父母からも反対されて仕方なくマリエにしたそうなの。でも、アベマリエの方が微妙でしょ!(笑)」 「なるほど、”真理”と”真の愛”...ヴェリタス・エ・カリタスか!(笑)確かに...、アベマリアは狙ったとしか思えないけどアベマリエってのも逆に意識的に外した感があって!(笑)」 「凄い、光太郎さんはラテン語にも詳しいの!?」 「いや、今は昔の...記憶です!(笑)」  二人の距離はすっかり縮まり互いに打ち解けて話に夢中になっていると雨がポツリポツリ落ち始めた。
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