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「うん、覚えてるよ。眼鏡のなよっとしてた人でしょ。」
と、真希も美咲と同じように、両肘をテーブルにつく。
「そうそう。うちの会社の総務にいるんだけどさ。何年か前から、キャバクラにはまってたんだって。」
「えー、あんな真面目の塊みたいだった人が。」
と、真希は目を見開いた。
「でね、お気に入りのキャバ嬢を妊娠させちゃって、結婚することになったんだって。」
と言い終わってから、美咲はお通しの豆腐を一口食べた。
「できちゃった結婚か。あの、吉田君がね。」
「先輩からの情報だから、詳しくは分かんないけどさ。なんと、初めての相手だったらしいよ。」
「えー、マジか。」
と、真希がビールを一口飲んだところで、
「失礼します。」
と、若い男性店員が食事を運びに来た。しらすのサラダとアボカドの和え物をテーブルに置いて、店員が去ろうとしたところで、真希はビールを二杯追加した。美咲は運ばれてきたサラダを手際よく三等分する。きれいな盛り方を心得ているのは、学生時代に高級中華料理店でバイトしていたからだ。美咲がサラダを配る間、真希は他のお皿を並べた。
「そういえばさ、あの話ってどうなってるの?」
サラダを配り終えた美咲は、再びテーブルに両肘をついて真希に尋ねた。
「あの話って?」
「ほら、電車の王子様。」
美咲は興味津々で、目がキラキラしている。
「うん、あれからほぼ毎日見かけるよ。」
美咲とは打って変わって、真希はテンション低めに答えた。
「見かけるだけ?」
「うん」
真希は少し顔をしかめた。すると、
「遅くなってごめん。」
と、声がしたので真希が振り返ると、陽子が立っていた。
「おつかれ。仕事は大丈夫だった?」
真希は振り返ったままの姿勢で陽子に尋ねた。
「うん。帰ろうとしたところで、課長に雑用頼まれちゃってさ。そんなこと、自分でやれよっていう。」
コートを脱いで、陽子は真希の隣に座った。ちょうどその時、先ほどの店員がやって来て、ビールを陽子と真希の前に置いて去って行った。
「頼んでおいたよ。」
「さすが。喉渇いちゃったよ。」
と、陽子は目の前に置かれたビールジョッキを持ち上げた。
「じゃ、改めまして、お疲れ様です。」
仕切り直しに三人でグラスを合わせた。陽子がビールをごくごく飲んでから、
「そういえば、途中で邪魔しちゃったみたいだけど、何の話してたの?」
と、真希と美咲の顔を交互に見ながら尋ねた。
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