第1章

3/10
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「うん、覚えてるよ。眼鏡のなよっとしてた人でしょ。」 と、真希も美咲と同じように、両肘をテーブルにつく。 「そうそう。うちの会社の総務にいるんだけどさ。何年か前から、キャバクラにはまってたんだって。」 「えー、あんな真面目の塊みたいだった人が。」  と、真希は目を見開いた。 「でね、お気に入りのキャバ嬢を妊娠させちゃって、結婚することになったんだって。」  と言い終わってから、美咲はお通しの豆腐を一口食べた。 「できちゃった結婚か。あの、吉田君がね。」 「先輩からの情報だから、詳しくは分かんないけどさ。なんと、初めての相手だったらしいよ。」 「えー、マジか。」  と、真希がビールを一口飲んだところで、 「失礼します。」 と、若い男性店員が食事を運びに来た。しらすのサラダとアボカドの和え物をテーブルに置いて、店員が去ろうとしたところで、真希はビールを二杯追加した。美咲は運ばれてきたサラダを手際よく三等分する。きれいな盛り方を心得ているのは、学生時代に高級中華料理店でバイトしていたからだ。美咲がサラダを配る間、真希は他のお皿を並べた。 「そういえばさ、あの話ってどうなってるの?」  サラダを配り終えた美咲は、再びテーブルに両肘をついて真希に尋ねた。 「あの話って?」 「ほら、電車の王子様。」  美咲は興味津々で、目がキラキラしている。 「うん、あれからほぼ毎日見かけるよ。」  美咲とは打って変わって、真希はテンション低めに答えた。 「見かけるだけ?」 「うん」  真希は少し顔をしかめた。すると、 「遅くなってごめん。」 と、声がしたので真希が振り返ると、陽子が立っていた。 「おつかれ。仕事は大丈夫だった?」 真希は振り返ったままの姿勢で陽子に尋ねた。 「うん。帰ろうとしたところで、課長に雑用頼まれちゃってさ。そんなこと、自分でやれよっていう。」 コートを脱いで、陽子は真希の隣に座った。ちょうどその時、先ほどの店員がやって来て、ビールを陽子と真希の前に置いて去って行った。 「頼んでおいたよ。」 「さすが。喉渇いちゃったよ。」 と、陽子は目の前に置かれたビールジョッキを持ち上げた。 「じゃ、改めまして、お疲れ様です。」 仕切り直しに三人でグラスを合わせた。陽子がビールをごくごく飲んでから、 「そういえば、途中で邪魔しちゃったみたいだけど、何の話してたの?」 と、真希と美咲の顔を交互に見ながら尋ねた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!