第1章

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「例の、真希の王子様の話。」 美咲の目に、さっきの輝きが戻った。 「あの、電車で見かけるイケメンでしょ。吊革を譲ってくれた。私も聞きたかったんだよ。」 陽子の目もキラキラを帯び始めた。 「もう話しかけた?」 と、尋ねる美咲に、 「まだ。大体、何て話しかけたらいいのか分かんないもん。」 と答えて、真希はビールを一口ぐびっと飲んだ。二人が王子様と呼んでいるのは、朝の通勤電車で真希が吊革を掴めずに困っていた時に、譲ってくれた男性のこと。あの日から、真希はほぼ毎日その男性を電車で見かけるようになった。親切なだけでなく、見た目も素敵な彼。真希は通勤電車に乗るのが楽しみになった。前回、美咲と陽子と休日にランチをした時に彼の話をしたのだが、あまりに二人が興味津々なため、真希は二人に話したことを少し後悔していた。 「確かに、いきなり話しかけるのはハードル高いからさ、ハンカチを落としてみるとか。」 美咲がひざに掛けていたハンカチを持ち上げてひらひらさせた。 「めっちゃ古典的だけど、いい手かも。」  陽子が美咲に向かって右手の親指を立てた。お酒が入ったこともあり、真希は顔がどんどん暑くなってきて、ほてった顔をビールジョッキで冷やした。 「二人とも、からかって楽しんでるでしょ。私には、本当に心の癒しなんだから。」  おじさんばかりの車内の中で、彼の周辺だけが、爽やかな風の吹くオアシスのような空間のように、真希には感じられていた。 「陽ちゃん、ダイビングでイルカと泳いで癒されてるでしょ。私にとっての、イルカなの。」  真希は、真剣な顔つきで陽子の腕を引っ張った。この瞬間から、彼の呼び名はイルカになった。 3月31日(木) いつもの時間の特急電車  この日、真希は横浜駅から座ることができた。バッグの中に入っている小さな手紙のせいで、真希の心はそわそわして落ち着かない。 『突然の手紙で驚いていらっしゃるかと思いますが、私はタカムラマキと申します。電車の中でお見かけしてから、ずっと気になっていました。ご迷惑かと思いますが、メールアドレスを書きました。ご連絡いただけたら、うれしいです。』
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