第1章

8/10
前へ
/10ページ
次へ
この日は、とても天気がよく、家族連れやおじさんの団体など、何組かがヨットに乗りに来ている。その様子を店内から見ながら、真希は子供の時に、知り合いのヨットに乗せてもらった日のことを思い出した。乗船して間もなくから、兄がずっと海に向かって吐いていた思い出。  食事が終わって、母と真希は会計を済ませにレジに行き、父は先に店を出て行った。真希が財布を出そうとすると、母が遮ったので、真希はニコッとしながら財布をバッグに戻した。会計が済んで、母と真希は店を後にし、父の行方を探した。マリーナの出入口を出ると、ハワイアンフェアをやっていた。真希がワゴンを覗きに行くと、父がお店の女性に話しかけていた。真希が父に近づいて背中をぽんと触ると、父が振り向いた。 「真希、手作りのアクセサリーなんだって。」  と、父が顔をほころばせながら言った。真希はワゴンの中のアクセサリーを手に取って見た。そこに母が合流したので、三人は車に戻ることにした。父が後部シートに座り、真希は助手席に座ってシートベルトを締めた。母がエンジンをかけて車を発進させる。 「安全運転で行きましょう。」  父が後から言うと、 「分かってるわよ。」  と、母が小声でつぶやいた。真希は苦笑いしながら、窓の外を見た。青空が美しい日である。向こうから、男女のカップルが歩いて来るのが目に入った。小さい女性が、男性の腕に自分の腕をからめてピッタリ寄り添っている。真希が視線を外そうとした時、男性の顔が目に入った。若林だった。真希の心臓がドキドキし始めた。 「仲良くていいわね。」  母が鼻で笑いながら、皮肉っぽく言った。 「そうだね。」  真希は、母に動揺を気づかれまいと、平静を装って答えた。車は、若林カップルを通り越し、駐車場から出て行った。 5月13日(金) ホテルのバーラウンジ  テーブルの上に置かれたフローズンマルガリータ。真希は、グラスについたしずくを指で拭った。 「お待たせ。」  と、声を掛けられたので視線を上げると、若林が爽やかな笑顔で立っている。若林が真希の隣に座ると、心地いい香りがした。真希がマルガリータを一口飲むと、若林も前に置かれたウイスキーのグラスを手に取った。  一週間前のこと。仕事帰りの電車の中で、真希のスマホにメッセージが入った。 『こんばんは。よかったら、来週飲みに行きませんか?』
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加