第1章

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 若林からだった。真希は戸惑った。行くべきではないと思う一方、行かなかったら後悔するかもしれない。思い切って、真希は誘いを受けることにした。場所は若林が決めてくれて、横浜駅西口の焼鳥屋で現地集合となった。  この日、若林と会うまで、真希は誘いを受けたことを悩んでいた。けれど、飲み始めると会話がはずんで、あっという間に時間が過ぎた。お店を二時間で出されてしまったため、もう一軒行くことになり、若林に連れられて、駅のそばのホテルのバーに来たのだ。  空になったグラスを真希がテーブルに置くと、若林がメニューを取って真希に手渡そうとした。その瞬間、二人の肘が軽くぶつかった。真希はメニューを受け取って飲物を決めると、若林は店員を呼んで、マティーニとウイスキーを注文した。真希はチェイサーの冷たい水を飲むと、少しだけ酔いが醒めたような気がした。若林も水のグラスを手に取り、 「実はね。」  と、低い声で言ったので、真希は若林の方に顔を向けた。若林はグラスを見つめたまま。真希は次の言葉を待った。 「ずっと思ってたんだ、素敵な子がいるなって。」 と、やはりグラスを見つめたまま、若林が言った。真希は顔が熱くなっているのが分かった。若林がまだ何か言いたげな様子なので、真希はしばらく黙って待っていたが、次の言葉がなかなか出てこないので、 「私も。」 と、真希が沈黙を破った。 「私も、素敵な方がいるなってずっと思ってましたよ。今日もいるかもって思うと、電車に乗るのが楽しみになって。」 真希がテーブルの上の水のグラスを見つめながら言うと、若林が真希に顔を向けた。 「4月から急に見掛けなくなったから、時間が変わったんだろうなって思ってたけど、異動だったんだね。」  若林の言葉に真希が思わず吹き出すと、若林が怪訝な顔をした。 「実は、それには余談があって。時間が変わってもう会えなくなるから、思い切って手紙を書いたんです。」 「もらってないし。」 と、若林は笑いながら言った。 「結局、勇気が出なくて渡せずじまい。会社でシュレッダーに掛けちゃいましたよ。」 真希は、照れくさそうに若林に笑いかけた。 「でも、不思議な縁てあるものだね。電車で会ってる時は、他の場所で見かけることなんてなかったのに、真希さんの電車の時間が変わってから、あんな所で遭遇するなんて。」
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