第1章

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 百舌鳥は、彼女と同棲していた。親に紹介済で、結婚しようと約束していた。  その日、彼女は市役所から婚姻届けを取ってくると言った。百舌鳥は次男であったので、結婚式はやってもやらなくてもいい程度のものだった。彼女さえいれば、この果てしない世界の中が、輝いていると思えていた。 「彼女は、自分のドレスを、自分でデザインして作ると言った。沢山の布を購入していて、彼女は部屋の一つを裁縫部屋にしていた。親が大好きで、親が結婚した年に結婚するのが夢だと言った」  家に帰ると、テーブルの上に婚姻届けが置かれていた。その横に、近くのパン屋のパンがあった。朝食は、パンなので、置かれているのは不思議なことでもない。  彼女の望む時期に、婚姻届を出したいと思っていた。二人で、一緒に記入しようと、彼女の姿を探した。しかし、深夜になっても、彼女は帰って来なかった。  次の日、彼女は職場にも行かなかった。そして一週間が経過し、彼女の実家を訪ねたが、そこで初めて行方不明だということが分かった。誰も、彼女の行方を知らなかった。 「その後も、連絡なしですか?」 「なしだよ。家族にも、連絡は来ていない」  やりかけの服、記入していない婚姻届、購入していたパン。彼女には、続くはずの明日があった。 「夕食の準備はありましたか?」 「台所は綺麗であったよ。ピカピカに磨かれていた。冷蔵庫を見ると、作り置きの料理と、瓶詰めのサラダがあった」  祝いをする食材ではない。きっと、彼女は夕食を造ろうと思ったはず。かなり、豪華なものを造りたい。食材を購入しに行くだろう。でも、帰って来なかった。  俺と同じでかなりの田舎で育ったという、彼女の生い立ちから食材を推測すると、野菜のおいしい店ではないか。 「……すいません、車を少し停めます」  自動販売機の前で、車を止める。 「どうしたの?」 「少し、世界を見てきます」  言葉から、世界を想像し、創造してゆく。明るいキッチン、野菜を美味しいと感じるレシピ。大好きな、ミシン。  テーブルの上に、婚姻届。二人で記入してから、ディナーにしよう。飾られているワインも、飲んでしまおう。  朝食のパンを購入しておいた。食材を買いに行こう。ここの近くで、野菜のおいしいお店はどこかしら。新鮮な方がいい、少し遠出してしまうが、道の駅まで行ってしまおう。それと、デパ地下の食材もいい。
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