第1章

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 生葬屋 儀場(せいそうや ぎば) 『人知れず泣く君のこと』 第一章 ある日の朝  こんな馬鹿な事があっていいのか。夢なら覚めて欲しいなどと、陳腐な言葉を吐きそうになる。  大学を卒業して、やっと出来た就職は、小さな工場の営業職であった。それなりに有名な大学を卒業したが、俺は、他の人よりも就職が難しかった。やっと入社できた会社であるのに、こんなことになるなんて。 「ハロー?具合が悪いのですか?」  道端に座り込む俺を心配して、通りすがりの人が声をかけてくれた。心配はありがたいが、その前のハローが原因なのだ。 「……大丈夫です」 「あら、日本語、お上手ですね」  日本語が上手なのではない。日本語は、母国語なのだ。  原因は、俺の容姿にある。生粋の日本人だというのに、目が青い。水色まではいかないが、紺色には見える。髪の色が薄い、肌の色も薄い、おまけに、身長もそれなりにある。  学生時代は、絵に描いたような、ディズニーの王子様のようだと言われた。どのような王子なのかは不明だが、ディズニーと言われた時点で日本人ではなかった。  就職した、小さな工場では、俺の容姿よりも出身大学を気にしてくれて、勿体ないね、ごめんねと何度か言われた。でも、俺は、そんな事よりも、まるで家族のように接してくれる、先輩たちに感謝していた。  営業から帰ると、成果報告よりも先に、頑張ったね、お茶を飲みなさいなどと、労ってくれる会社であった。  それが、今日の朝、出社してみると、門が閉じられていて、差し押さえの札があちこちに貼られていた。会社が倒産していたのだ。 「そんな……」  就職してまだ一年経っていない。貯蓄は殆どない。  携帯電話で先輩に電話を掛けてみると、前から倒産しそうであったと告げられた。しかも、会社は更生も難しい。営業していて分かっていたが、この工場は古すぎるのだ。  社長に会った方がいいのか。社長の自宅を訪ねてみると、同じく差し押さえられてしまっていた。しかも、夜逃げしてしまったらしい。  それから、元?同僚などと連絡を取り合い、どうにか離職証明書など事務処理を経て、無事、無職になった。倒産であったので、どうにか、失業手当が出たが、早く就職しないと生活ができない。 「日本人?本当に?」  面接で、疑われるのは毎回であった。  この国、俺は日本人であるのだが、外国人に厳しいのではないのか。
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