第1章

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 実徳と並んで、田舎道を歩き、家に帰る頃には夕方になってしまっていた。夕暮れは、蛙の声があちこちから聞こえてくる。他に音がないので、余計に聞こえてくるのかもしれない。  家には、まだ通夜の客が来ていた。夕方になって、人数が増えてきた気もする。 「あら、実徳。夕食ができているから、早く食べてしまってね。それから、百舌鳥さんを部屋に案内しているから、泊まって貰ってね」  百舌鳥の件を、実徳に言っても意味はないだろう。 「百舌鳥さん、どうしますか?」  母親も、長く離れていた息子に接し難いのかもしれない。早く帰ってあげたいが、やはり、綾瀬の件も気になる。 「ホテルにとってあるから、大丈夫だよ」  百舌鳥は、おせんべいを食べながら、車に向かって歩き出していた。 「それでは、俺もホテルに行きます」 「兄さん!」  俺も、実家には居場所はない。金はかかるが、ホテルの方が休める。 「綾瀬さんは、家に来て兄さんがいないと確認すると、駅に向かうのです。ここに、いてください!」  幽霊をどうしろというのだ。 「そうなのか、では、俺も一緒に泊まってみようか?」  百舌鳥は、笑って俺を見ていた。 「一人では、怖いだろう?」  結構、百舌鳥は意地悪なのかもしれない。しかし、助けを求めるように俺の両親も、百舌鳥を見ていた。 「……分かりました。綾瀬と会えばいいのですね……」  家の中に入ると、俺の夕食も用意されていた。田舎料理ではあるが、山ほど作ってあった。しかも、大昔の好物の、たけのこと鰹節の煮物が、鍋一杯分も俺の前に置かれていた。 「余ったら、タケノコは持って帰ってね。それと、今の住所も教えて……」  母親も年をとった。こんなに、温和な表情など、昔は見た事が無かった。 「住所は止めておきましょう。今回は綾瀬の件もあって、帰りましたが、もう、家には帰って来ないつもりです。俺は、最初から居なかったで、通してください」  温和な母親を見られて良かった。又、俺がいることで、ノイローゼ気味になったら悲しい。俺の首を絞めながら、母親は何度も泣いていた。その気持ちは、今は理解できる。土間に額に入れて、DNAの鑑定書が掲げられている。俺は、誰からも、母親の浮気で生まれたと思われていたのだ。 「タケノコは頂きます、でも、俺は息子ではありません。息子は実徳で一人息子。最初から子供は一人だけです」  母親を見ながら、確認しておく。
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