第1章

30/63
88人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
 近況を話してから、どうして俺の祖母の葬儀に来ていたのか尋ねてみた。  すると、祖母は郷土料理を若者に伝えるという活動をしていたのだそうだ。津田は、地方誌の記者で、何度も料理の取材をしていたという。 「なあ、津田。綾瀬の幽霊の目撃なんかも聞いた事があるか?」 「ああ、多いよ」   修学旅行の直前に死んだので、集合時間に駅にいるなどもあるそうだ。  待てよ、何故、修学旅行前なのだ。綾瀬は四月に亡くなり、修学旅行は五月であった。 「綾瀬って、何月に死んだっけ?」 「何言っている。五月だろう」  津田にあれこれ聞いてしまうと、亡くなり方は同じだが、時期がずれていた。 「GWに一緒に、山登りしたぞ」  山登り、俺には記憶がなかった。 「それより、綾瀬の墓参りにも、たまには行けよ」  津田は、用事があるからと足早に帰って行った。 「過去が僅かに変わったのでしょう。綾瀬君は一か月長生きしました」  百舌鳥が横に立って、動揺する俺の肩を叩いた。  一か月、長生きした。俺の記憶は、どうなってしまったのだろう。五月ならば、俺はインフルエンザが治っている。 「記憶は、儀場が夢で補ってくれますよ……」  それでは、朝方の夢は現実になっているのか。俺は、儀場と修学旅行で一緒のグループになっていたのか。 「そんな……」  頭が混乱する。  過去でしかないのに、その確定した世界が揺らいでいた。これが、僅かでも過去が変わったということなのだ。 「この世界は、誰かの創造だけの世界ではないかと疑ったことはありませんか?脳の中の世界。確定などなく、ただの物語なのかもしれません」  百舌鳥の説明が、より俺を混乱させる。 「実徳、俺は帰る。もうこの家には来ないつもりだ。ごめんな」  車で帰るからと、俺が早めに支度を始めると、両親は百舌鳥に手土産を持たせていた。 「息子がお世話になります」  百舌鳥はにこやかに対応していた。 「さてと、綾瀬君の幽霊はもう出ないでしょう。記憶は回収しました」  俺は、車に乗り込んで運転を始める。田舎の道は、中央もない。やっと高速に乗る頃には、実家にいたのも嘘のように思えた。 「さてと、この高速代金もありますからね。明日からは、遊部君に働いてもらいますよ」  百舌鳥が、手帳を見ていた。その黒い革製の手帳には、あれこれ小さな文字で書かれているので、運転しながらでは、とても読めない。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!