第1章

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「儀場は、基本は体で支払いですが、遊部君のような異能力持ちは、その能力で払えます」  俺が能力を使えば、儀場は対価に過去を変えてくれるという。 「俺は、そんな能力はありませんよ」  過去は過去でいい。 「綾瀬君と会いたいのではないですか?」  会いたいが、過去を変えるということが、とても怖いのだ。 「会いたいですが、俺には過去ですよ」 「そうですね……」  無言でも、車は走り続ける。  やがて、夜になったが周囲に光が多くなり、街へと戻って来た。  アパートの前で車を降りると、自分の部屋になつかしい感覚がした。  布団を敷いて眠ってしまうと、確かに、高校三年生のGWの日々が見えていた。綾瀬は四月に亡くなったのではなく、五月になった。  次の日、生葬社に行くと、まず新人として掃除をしてみた。  ドアから入ると、正面の衝立に防火のポスターがある。その横に、かなり大きめの物置?収納庫があった。その収納庫の中身は、主に書類であった。  衝立の横から奥に進むと、接客スペースがある。接客スペースの右横には、給湯室があった。給湯室で雑巾を絞ると、接客スペースを丁寧に掃除する。  植木に水をあげ、モップで床を磨く。接客スペースの奥に、ドアが二つあり、その一つが百舌鳥のオフィスであるとは、知っている。  反対側のドアを開くと、普通のオフィスのように机が並んで置いてあった。  事務室なのかもしれないが、事務室にもミーティング用のテーブルがあり、巨大な画面とホワイトボードが一つ、透明のボードが一つ置いてあった。  透明のボードには、幾つもの写真が貼られていた。  子供の写真、家の写真、男女の写真。三軒の家。小田家、鈴木家、田中家。その家の繋がりは、小田家の母と、鈴木家の父、田中家の母が同郷で同じ高校の出身。小田家の父と、鈴木家の母、田中家の父が同郷で、同じ高校の出身であった。その故郷は、離れていて容易に行き来する距離ではない。  全員が同じ年で、大学はバラバラであった。しかし、現在、子供たちは、全て、同じ小学校に通っていた。その小学校で、行方不明事件が起きた。  行方不明になっているのは、小学五年生の少年であった。  家の写真、駐車場の車から、生活水準や思考が見えてくる。軽の自動車が置いてあるということは、母親は働いている可能性が高い。
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