第1章

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 百舌鳥の目が開いていた。生葬社、公務員なのか。 「出張旅費もあるけどね、予算もあるから気をつけて」  名目上、依頼人からは費用を請求するらしい。  でも、儀場がオーナーだと言わなかったか。オーナーのいる公務員など聞いたことがない。 「儀場さんは何ですか?」 「だからね、表面上は会社なのだけど、裏事情として公務員だよ」  何かよく事情は呑み込めないが、公務員という響きはいい。  車は、高速道路を降り、大きな川を遡った。やがて民家がなくなると、山に面してキャンプ場があった。  まず廃墟を探してみると、封鎖された道の先に大きな建物を見つけた。  民宿か、旅館の跡のようで、朽ちてはいるがかなり大きい。  建物の中に入ってみると、朽ちた壁や屋根が落ちて、通路は無くなっていた。  ガラスも割れて落ちているので、不用意に踏むと、足を貫きそうであった。 「コンバットブーツがいいよ。車のトランクに入っているから、履いておいで」  仕事にコンバットブーツがいるなど、思いもしなかった。履き替えて歩き出すと、履き心地は良かった。  この旅館、二階が入口であったのだ。渓谷の斜面に、一階部分があった。又、一階部分に、風呂の跡地があって、今も沸き続ける温泉で満ちていた。  風呂に落ちたとしても、大学生が風呂で溺れるだろうか。  風呂の深さを測ろうと、一階に降りてみると、温泉の底がぬるぬると鍾乳洞の表面のようになっていた。 「……滑って溺れる……」  ロープでも用意してから入らないと、確かに溺れてしまいそうであった。  この廃墟から逃げる。道に、出るのか?しかし、怖がったものが、幽霊のようなものとは限らない。人を怖がったとすると、やって来たと思う道から、反対方向に逃げる。  一階から斜面に出てみると、生い茂った葉のせいで、あっという間に、自分の居場所を見失った。  でも、現代人ならば、GPSというものがある。再び道に戻ると、上から斜面を見てみた。 「ああ、居場所はそこですか……」  彼女たちは、今もそこにいる。  一階から外に出ると、コンクリートの物置の扉を開く。発電装置なのであろうか、その後ろに、白骨死体を見つけた。 「あとで、警察に連絡しておくよ。でも、その前にインプラントを回収。二人とも、記録者か……」  百舌鳥が、小さな金属を、手袋をはめて回収していた。 「この金属に触れると、通過者はね、記録を体験する」
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