第1章

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「何をそわそわとしていますか。赤ん坊はちゃんと両親に連れられてきますよ。こちらで面倒を見るなどありません」 「すいません、予約をした岩崎です」  ドアが開く音がすると、つい、飛び上がってしまった。 「はい!」  事務室から出てみると、接客スペースに若い夫婦が、赤ん坊を抱えて立っていた。  優しい表情の女性に、見守る亭主の表情が優しい。いい夫婦のようであった。しかし、確かに、赤ん坊がしくしくと泣いている。  オギャーオギャーに代表される、力いっぱいの泣きではなく、しくしくと泣いているのだ。 「えっと、君の名前は?」 「オギャー」  人見知りをして泣いたのではない。今の名前なのか?記憶している名前なのかと、聞いたのだ。 「両方、知りたい」 「オギャー、オギャ」  俺は、タブレットを出すと、両方の名前を書き込んだ。その情報は、即、百舌鳥に送られている。  岩崎 健太郎は今の名前で、前の名前は、高野 静流(こうの しずる)。 「では、静流の話を聞かせてください」  俺の言った名前に、父親は激しく動揺していた。やはり、泣く原因は父親であるのか。 「オギャーオギャー」  静流は病死していた、そして、今の父親、岩崎 計都(いわさき けいと)の親友であった。小学校、中学校、高校と一緒に進み、大学も同じであった。  社会人になり、別れるのが辛く、やっと告白しようとしたら、自分が病死してしまい永遠の別れになった。  赤ん坊で目が覚めると、計都が結婚していて、自分の存在はなく、悲しくてたまらないのだそうだ。 「思い出を教えてください」  一緒に釣りに行った思い出、バスケ部に入っていたこと、遊園地のジェットコースターに連続で何回乗れるか競い、車酔いのようになってしまい、互いに倒れたこと。海で泳ぎ、やはり競争して、溺れそうになったこと。  一番気が合い、相手がいないと、何もかもが楽しくなかった。互いに、親友で、何でも話したが、好きだとは言えなかったこと。  途中まで、俺と綾瀬とも関係が似ていて、涙ぐんでしまった。残された方も、絶望するのだ。 「多分ですね、今度は、パパ大好きと、何万回も言えますよ」  言えなかった言葉を、今度は沢山言える立場になっていた。しかし、このまま生きるのは、記憶が邪魔をする。 「百舌鳥さん、この子の前世?を外してあげてください」 「それは、そうなのだけど。いいの?」
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