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男が上って行った階段は、一階部分が倉庫になっていた。どうも、葬儀場の倉庫になっているらしい。通りを挟んだ斜め前に、大きな葬儀場があった。
二階には法律事務所があり、三階のドアを男が開いた。
「○○△、○○×△、◇□……」
中から大きな声が聞こえてきていた。
俺が呼ばれたのは、このせいなのか。何語なのか、さっぱり分からない言葉が飛び交っていた。
「お邪魔します」
ドアを入ると、正面に防火を呼びかける、変としか言いようのない大きなポスターがあった。キャンプファイヤーをしながら、松明を持ち、笑って防火を呼びかけている。
その奥に入ると、ミーティングルームのような場になっていて、数人の女性が、必死に何かを言っていた。
女性の前に、中年の男性が座り、頭を抱えていた。
「この人は、帖佐(ちょうさ)さん。個人タクシーの運転手でね、電話の依頼で、場所に行きこの女性達を乗せて駅まで行った。けれど、この女性達、お金を払ってくれない」
そういうのは、警察に行けばいいのではないのか。
でも、女性達の必死な表情に、何かがひっかかる。必死な表情。こんなに必死なのは、何かが起こって、助けを求めている。それも、多分、子供の件なのだ。女性は、子供のことになると、我を忘れて必死になる。
「○○○△△……○」
涙を流して、一人の女性が壁を叩いていた。他の一人の女性は、床に座り、ぶつぶつと言葉を紡いでいた。皆、泣き疲れた顔をしている。
「夜、仕事に出る時、私たちは、友人に子供を預けた。みんな、預けた。友人は病気で働けない、僅かなお金で子供を面倒してくれるで、私たちは助け合っていた」
変な日本語であるが、皆の叫びを足すと、こんな内容であった。
「昨日、子供を引き取りに行くと、預けた家が空き地になっていた。一晩で空き地になるなんてあるのか。場所は間違っていない、どこにも、いない。子供がいない」
空き地の情景が浮かんでいた。言葉で、景色が浮かぶということは、脳に刻む程、空き地を探したのだろう。
「……そんなに、長い文章だった?」
俺を連れてきた男が、不審そうに俺を見る。
不審ならば、信じなければいいのだ。つい、ついてきてしまった俺も悪い。やはり、弁当を買って家に帰ろう。
「……帰ります」
ドアに向かおうとした瞬間、女性の一人が走り寄り、俺の手を握った。
「○○○△△……○○」
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