第1章

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 神の言葉を持つ者よ、どうか、自分たちを救って欲しい。こんな言葉は、訳したくない。そもそも、学生時代は、国語も英語も苦手で、漢字もよく間違えていた。今も、人の話す言葉が、どこか遠くて、意味を間違える。 「よし、分かった。君の名前は何?」  そういえば、名乗っていなかった。 「それより、ここは、どこですか?」  俺は、名刺を出そうとして、会社員ではなかったことを思い出した。 「ここは、生葬社(せいぞうしゃ)葬儀屋ではないよ。清掃でもないけどね。俺は、ここの店長で、百舌鳥 人類(もず ひとる)」  百舌鳥は、名刺を出してきた。生葬社というのが何なのか、名刺では分からない。しかし、すごい名前であった。百舌鳥は間違えても、人類ではないのではないのか。 「ええと、君の名前は?」 「遊部 弥吉(あそぶ やきち)です」  名乗っただけで、どうして、腹を抱えて笑うのか。 「弥吉なの?君、どう見えても日本人に見えないのにね……」  俺の名前は、近所の神社の神主が付けたという。それには、色々と事情もあり、あまり触れられたくない。 「名前もウソだと思えばいいですよ……」  やはり、弁当を買って帰ろう。 「君は、先ほどから嘘は言っていない。それに、この女性達にも嘘はない」  断言できる根拠は何なのだ。でも、百舌鳥の言葉には、微塵の迷いもなかった。 「では、事情を整理する」  まず、タクシーに電話を掛けたのは誰なのか? 「帖佐さん。電話は日本語でしたか?」 「はい、男性の声で、乗車場所と降車場所の指定がありましたよ。降車場所は、ここの駅で四島駅でしたよ」  俺には、帖佐と生葬社の関係も分からない。どうして、女性達を生葬社に連れて来たのだろうか。見た感じ、ここは、探偵社でも警察でもない。強いて言えば、やはり、葬儀社に思える。それは、窓の外に葬儀場が見え、通りに花輪が見えているからかもしれない。 「遊部君、女性に何があったのか、聞いてみて」  言語体系と、聞いた言葉を組み合わせてみる。 「○○○××?」 「○○……△…○」  どうにか通じたらしい。 「空き地で嘆き苦しんでいると、通りがかりの男性が、子供を見つけたいならば、タクシーに乗れと言った。男は日本語みたいだったが、意味が分かった」  確かに、あの短い会話で、日本語にすると長くなる。多分、俺は、状況まで説明してしまっているのだろう。
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