第1章

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 冷静になってくると、百舌鳥に対しても、かなり失礼であったかもしれない。手には、まだ、スクーターの鍵を持っていた。  近くのコンビニでコーヒーを買い、再び深呼吸すると、落ち着いてきた。 「……鍵、返さないと……」  生葬社に戻ってみると、眠る女性達以外の姿がなかった。 「すいません、スクーターの鍵を返しに来ました」  声を掛けてみると、左のドアから百舌鳥が出てきた。 「で、遊部君。君の結論は何だったかな?」 「最初から、子供はいなかった……」  あり得ないが、その可能性が高い。 「やっぱりね。君は、既成概念がない。だから、真実が見えている」  百舌鳥が少し笑った。百舌鳥は、笑うと結構、若く見える。 「真実?」  真実とは、何なのだろうか。彼女たちは、集団ヒステリーのようなものなのだろうか。 「こっちで、話そう」  百舌鳥が、左側のドアを開けて手招きしている。ドアの中を見ると、書庫と机が見えていた。机は、重厚なもので、社長の机という雰囲気もある。机の手前に、机と椅子が置かれていて、そこも接客スペースのようであった。  百舌鳥が接客スペースに座り、俺を見ていた。 「人間の記憶は曖昧で、一つ、誤りを信じてしまうと、辻褄を合わせようと脳が必死に作ってゆく」  この世界は、結局、人間の脳が見ている世界であった。目を通してと思い込み、脳は現実という、脳世界を構築している。 「彼女たちは、自分に子供がいると信じた。でも、目の前にいない。そこで、死んだ友人、無い筈のアパートで、誤りの現実を作り出した。子供はいた。けれど、消えてしまった世界だね」  一人ではなく、集団であったので、惑わされてしまったのだ。 「この会社は、そういう事象を扱うところでね。彼女達には、一人ひとりに納得のいく、現実を説明してゆく」  そんな事象を解決して、生計をたてていけるものなのか。 「結構、顔に出るね。そうだね、この会社を雇っているのは、個人ではなく、社会の一部だと思って欲しい」  どうして、俺に説明するのだろうか。 「そこに居てね」  百舌鳥は、女性の一人を呼ぶと、子供は最初から居なかった事実を、ゆっくりと説明していた。  俺は、それを翻訳して彼女に伝えた。  女性は、始め敵意をむき出しにしていたが、やがて安らかな表情になった。 「○○△……△」  直訳すると、こうなる。
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