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今までの事は何だったのだろうか?
彼女はそれを考えるようになった。長い時間を共に生き、愛し合った筈の時間。それはあっという間で、まるで咲き誇っていた桜の花弁が雨風達に突き落とされたようだった。花弁達は腐り、二度とその木と共になる事は無いだろう。腐るまでの間、地面からジッと新たな葉が生え始めるのを見上げ続けるだけだ。
何の為に生きたのか?
彼女には、もはや理解が出来なかった。身も心も彼氏に捧げ、一生を供にする仲だと思っていた人生設計は目の前で崩れている。生きる目的を奪われ、何をすれば良いのかも分からない。
もう終わっても良い?
彼女の細い右手が湯船からチャポンと音を立てつつ露わになる。そして、そのまま自分の頬に付いている涙を拭き取った。すると、顎まで涙の滴が集まり、一つになって湯船に波紋を立てる。そのまま、彼女は波紋が段々と消えていく様を見つめながら、目を閉じた。
もういないのね・・・。
彼女は悟り、湯船の隣にあるタオルバケットに手を伸ばす。そこには、タオルに包まれつつも鋭利さを隠せない包丁があった。彼女はそれを手に取り、静かに左手首に持っていく。一瞬、躊躇ったのか目が細くなる。しかし、その1秒後には包丁は肉を切りつけていた。彼女は痛みに涙を浮かべるが、それとは裏腹に右手はズブズブと左手の切れ目を大きくさせていく。
もう良い。
絶対に終わるように、絶対に失敗しないように。この世界に恐怖した彼女は、自分の左手とそこからの強烈な痛みを生贄に捧げる事で救済を臨んだ。やがて右手にも痺れが走り、包丁を押し付ける力が弱まる。右手は包丁から自然と離れ、左手は包丁が刺さったままダランと風呂の横面に任せる。そして、滝のように激しくかつ川のように流麗に、静かに赤い兵隊達が流されていく。
嗚呼、何だったんだろうか。
彼女の視界も目眩が連続して何もマトモに見えない。また、身体中が痺れ、頭は以上に熱かった。長い時間湯船に浸かっていた為、どんどん彼等は流れていくのだ。ズブズブと腕から一定に溢れる感覚が伝わり、やっと死の姿を見る。一定に流れている筈の時間も永く感じられるようになる。胸は今までのどんな時よりも強く鼓動し、死から逃れようとしていた。
さようなら、いつまでも。
彼女は嗤う。母の腕の中に包まれているような温かさの中で、
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