第1章

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目覚ましアラームが鳴る30分前に目が覚めてしまった。今の時刻は午後7:30。とても眠い。再び目を閉じても眠いままで睡眠には入っていかない。いつもの事だ。 私は眠るのを諦めて布団から身を起こした。 闇に沈んだ部屋の中、窓辺に近付きカーテンを開けベランダに出る。手すりにもたれて、ぼんやりと景色を眺めた。 私の住む天空橋駅近くのアパートの二階からは羽田空港がやたら近くに見える。 海老取川の向こうに広がる空港夜景。 夜の滑走路に無数に走る進入灯の明かりがきらきらと光を投げかける。 赤、緑、オレンジ…沢山の光が暗闇に散らばり、そこは地上に星をばら撒いたかのような景色が拡がっていた。 まるで痛みを感じるような美しさ。 暗闇に灯る明かりは、まるで泣けと言わんばかりに柔らかく点滅して心に沁みた。 こんな綺麗な景色なのに切なく感じるのはなぜだろう。 そしてこの明かりは人に何かを訴えかける為の物じゃないはずなのに…空港で飛行機を誘導する為の目印にすぎない明かりなのに、とても心を鷲掴みにされるのはなぜだろう。 親の死で悲しかった心も夫だった人の裏切りで傷付いた心も全てを癒してくれているような錯覚。 そんな事をぼんやりと考えて飽きもせず空港夜景を眺めていると、目覚ましのアラームが鳴った。 私は夢の世界から急に現実に引き戻され、のろのろと身支度を始め、仕事に向かった。 週6で京浜工場地帯の東扇島で夜勤だ。夜10時から朝7時までのシフト。内容は単純な画像チェック。 最初は簡単な仕事だし夜型の自分には合っていると思っていた。 甘かった。 単純作業なだけに時間が経つのがとても遅く感じ、そして眠気との戦いだったのだ。 人の体のメカニズム上、退勤時の朝に陽の光を浴びた体は疲れているにも関わらず覚醒する。だから毎日眠れずに睡眠時間は4時間眠れれば良い方だった。 今日も眠りの足りてない疲れ果てた状態でアパートに帰って来た。夜から降り続く雨で心も憂鬱だった。 重い足取りで階段を上がると、昨日越して来たばかりの住人に鉢合わせした。 顔もよく見ずに、おはようございます、と会釈して通り過ぎようとしたら引っ越しの挨拶を丁寧にされた。 顔を上げた彼は私よりかなり年下の、今風の男性だった。
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