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いつもなら、自分から女子に声をかけるなんてできないし、そんな勇気もない。ただ、この時ばかりは帰国した高揚感からか、思わず友人のように彼女に話しかけていた。
「ひょっとして、ロサンゼルスですか」
僕の問いに、彼女はにっこり笑いながら、同じですと答えてくれて、それからお互いに滞在していたロサンゼルスの話で盛り上がってしまった。
二人は羽田空港の税関申告を抜け、到着ロビーを流れ、京急の羽田空港国際ターミナル駅で、ホームに入って来た赤い電車に乗った。初対面にもかかわらず、車内でも、旅の話は止まらず、話題が尽きることはなかった。
「また、ロスに行きたいですよね」
横でそう言った彼女に僕は頷きつつ、停車した車窓の先に見えるホームの駅名を見るや、一瞬、凍りついた。
「あれ、ひょっとして、この電車、神奈川方面に向かっていますか」
「ええ、そうですけど」
「これ、さっきと進行方向が逆になってません?。」
「ええ、蒲田で切り返してますよ。帰る方向、こっちじゃないんですか」
「僕は、埼玉です」
今までの楽しい会話は一気に吹き飛び、僕は慌てて電車を飛び下りた。いったい、どこまで来てしまったのだろうか。振り返ると、今乗っていた電車はホームから去ってしまっていた。時刻は二十三時をゆうに回っていた。僕は、慌てて反対側のホームへ移り、東京方面の電車が来るのを待った。はたして、この時間から自宅へ帰れるのだろうか。
僕は不安になり、ホームにいた駅員さんに訊いてみると、品川行はまだあるらしい。だが、品川から大崎まで行って埼京線が残っているかわからない。いや、おそらく、ないだろう。でも、行けるところまでいかないと。そう考えると、お土産で詰まったキャリーケースが重く感じ、旅の疲れが一気に襲ってきた。
三月の冷たい風がホームに吹き付けてきて、寒さを感じていると、ようやくホームに電車が入ってきた。暖かい車両に乗り込み、空いている長席に座るや、ぞっとする悔恨が襲ってきた。
そういえば、さっき、電車を飛び下りたとき、僕は、彼女になにも言わずに降りてしまった。さよならもしてない。彼女がどんな表情をしていて何を言っていたか、まったく覚えていない。そんな考えたくもない光景に慄き、呆れ果てていると、電車は品川へ着いた。
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