第1章

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 また、あの彼女とどこかで会うことがあるのかと漫然と思うものの、別れ際が最悪だっただけに、会ったら会ったで、ばつが悪くなるのも嫌だった。そもそも、彼女がどこに住んでいて、どの沿線を使っているかわからない。そればかりか、電話番号やメールアドレスの交換もしてなかったし、お互いの名前すら知らない。会う可能性はほとんどないといっていい。  ゴールデンウィークが明けると、配属の部署が決まり、上司や先輩社員の傍ら業務に携わることになった。とはいえ、まだ、戦力といえる段階でなく、電話応対でしどろもどろになったり、下見積もりの額をうっかり間違えたり、協力業者の納期遅延に怒れなかったり、研修期間が遥か平和な時代に思えた。  そんな調子だから、自信を無くしてばかりの日々が続いた。退社後は、同期たちと飲んで、愚痴を言い合ったりもしたが、なかなか気分が晴れることはなった。毎日、先輩社員のお荷物になっていると、自分は成長しているのだろうかと思いたくなる。  そんな中、塞ぎ込んでいると、急に帰国の日のいやな記憶まで蘇ってくる。あの時、どのみち最終で帰れないんだったら、彼女とメールアドレスでも交換して、「大丈夫だから」と言って電車を降りればよかった。この先、何かあった時、そんな大人の対応ができるようになりたいが、そんな自分をイメージするのはなかなか難しい。  梅雨に入った最初の金曜日、あの彼女に似た人を帰宅の車内で見かけたが、よく見ると、人違いだった。声をかけていたら危ないところだった。それからというものの、あの彼女のことが気になり始めていた。もし、逢えたら、あの時の失態を詫びたい気持ちもあるが、僕なんかが声をかけて、すぐさま笑顔で返してくれた彼女。なにより、あんなに意気投合して、楽しく会話ができた女性は初めてだった。できれば、もう一度、あの帰国した状況に戻りたい。  朝、寝坊をした。いつも余裕をもって寮を出て出社していたが、かなり危ない時間に起きてしまった。外を見ると、梅雨空から小雨がしとしと降っていた。駅まで傘もささずに走り、出社に間に合いそうな電車になんとか飛び乗ったが、こういう時に限って、電車遅延があったりする。時折、スクーターほどの速度で進む電車にやや苛立ちを感じつつ、僕は、ドアのところで立ちながら時間を気にしていると、その刹那、胸の鼓動が高鳴った。
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