第1章

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 とはいえ、ようやく人並みの新人になれたレベルであるのは変わらないが、不思議と私生活でも、帰国の日の嫌な記憶が遠くへ追いやられ、あの彼女と京急で再び会えるのではないかという希望の方が大きく膨らんでいた。  毎日、人混みの通勤電車に乗るのが苦痛ではなくなっていた。通勤時、羽田空港から飛び立つ飛行機が車窓の遠くに見えると、また、どこかへ旅行に行きたくなってくる。  夏休み時期に入ると、旅行帰りの乗客を車内やホームで見かける。キャリーケースにつけっぱなしになってるロス帰りのLAXの文字タグが見えると、うらやましく感じる。羽田空港行の車両がホームに入ってくると、勝手にテンションが上がる。成田空港行の車両に乗れば、そのまま成田に行きたくなる。そして、学生の時、もっと旅行に行っとけばよかったなと思ったりした。  仕事が休みの日は、三浦半島のほうに散策に行ったりした。京急に乗り始めた四月頃は、浦賀行が浦和行と見間違えそうになったりしたが、京急に乗れば、都会から気軽に海の街へ連れてってくれる。山育ちなので、山のほうが落ち着くかと思いきやそうでもないらしい。特になにをするわけでもないが、近場なのに旅行している気分になる。  潮の匂いのする三浦半島の街々の中、特に、新逗子行の車両に乗って、葉山に行くことが多かった。終点駅を降りて海方面へ歩いていると、まだ、海が見えないのに、海を感じられる。そして、海が見えはじめてくると、一気に開放感が広がる。  ヨットハーバーのエリアへ行けば、リゾートロケーション満載で、どこかロサンゼルスに来ているような気分になる。街中では、プリン、マーマレード、焼きたてのパンなどのお店が点在していて、グルメも豊富だ。  夕方になると、相模湾に沈む太陽が美しい。雲の千切れた夕空の日は、なみなみと表情をオレンジや紫に変えながら、瞬く間に星空へ変わっていく。その様を見ているだけで、サンタモニカの夕陽を思い出す。もし、あの彼女と一緒に葉山へ来れたら。なんて思ったりもしたが、京急で行く葉山散策は僕に活力を与えてくれる。  会社はお盆休みがないため、お盆期間の通勤はホームが空いていた。朝、最寄駅からストレートに座って通勤できることに、いつもと違う新鮮さを感じつつ、心地よい電車の揺れの中、ついつい車内で寝てしまった。
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