5人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、お昼ですよね。ちょっとそこのベンチで食べながらとか話せますか?」
「30分ぐらいなら、いつも外に出たりしてるから大丈夫ですよ」
そう答えて美加子は目をそらし、内心ドキドキしながら髪をおさえた。
2人で店の横にあるベンチに腰掛けると駅のホームが見えた。さっきの男の子はもういなくなっていた。
「すいません、いきなり待ってたら気持ち悪いですよね」
「いえそんなこと・・・」
恐縮している彼に、それしか言葉がでてこなかった。
気持ち悪いわけがない。
正直なところ大喜びで万歳したいぐらいだ。
彼はしばらくじっと電車のこないホームを見つめていたが、
ふーっと深い溜息をつき美加子をまたまっすぐに見た。
「あの。今度、デートしてくれませんか?」
その後の仕事は散々なものだった。
レジは打ち間違えるし、同じ客にカバーをつけるか4回も聞き直してしまった。
彼が私を待っていたことはどうやら磯辺も知っていたようで
ミスだらけの美加子を責めるでもなく
毎回そっとフォローをしてくれた。
どうということはない。ただのデートだ。
ただ・・・・・何年ぶりか思い出せないというだけ。
約束の日は次の週の水曜日。
土日休みの彼と、不定休の私ではなかなか休みが合わず、
水曜の夜ならば向こうの仕事が早く終わるというので、
夕食を食べに行くことになっている。
一応連絡先は交換したものの、前日の夜に約束の確認のようなメールがぎこちない文章で送られてきただけだった。
美加子はそわそわしながらも、なんとか水曜日まで過ごした。
その日は、先月の棚卸による残業の調整で、いつもより遅い昼出勤だった。
雲ひとつない青空で、風もない。
遠くのビルまでよく見えた。
美加子はいつものようにJR東神奈川駅から京急仲木戸駅までを急ぐ。乗りたい電車は2分後だったが、仕事後のデートのために慣れないヒールを履いてきてしまったせいで
いつもよりその直線が長く感じる。
「あーっ あかいでんしゃ!きちゃったよ」
すぐ近くを歩いていた、小さい男の子が叫んだ。
美加子はぱっと右の横浜方面をみると、確かに赤い電車が来ているのが見えた。見えているのに間に合わない。
走れない靴で来てしまった自分がいけないのだが、
見えているのに乗れないというのが悲しかった。
最初のコメントを投稿しよう!