第1章

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「あ、お昼ですよね。ちょっとそこのベンチで食べながらとか話せますか?」 「30分ぐらいなら、いつも外に出たりしてるから大丈夫ですよ」 そう答えて美加子は目をそらし、内心ドキドキしながら髪をおさえた。 2人で店の横にあるベンチに腰掛けると駅のホームが見えた。さっきの男の子はもういなくなっていた。 「すいません、いきなり待ってたら気持ち悪いですよね」 「いえそんなこと・・・」 恐縮している彼に、それしか言葉がでてこなかった。 気持ち悪いわけがない。 正直なところ大喜びで万歳したいぐらいだ。 彼はしばらくじっと電車のこないホームを見つめていたが、 ふーっと深い溜息をつき美加子をまたまっすぐに見た。 「あの。今度、デートしてくれませんか?」 その後の仕事は散々なものだった。 レジは打ち間違えるし、同じ客にカバーをつけるか4回も聞き直してしまった。 彼が私を待っていたことはどうやら磯辺も知っていたようで ミスだらけの美加子を責めるでもなく 毎回そっとフォローをしてくれた。 どうということはない。ただのデートだ。 ただ・・・・・何年ぶりか思い出せないというだけ。 約束の日は次の週の水曜日。 土日休みの彼と、不定休の私ではなかなか休みが合わず、 水曜の夜ならば向こうの仕事が早く終わるというので、 夕食を食べに行くことになっている。 一応連絡先は交換したものの、前日の夜に約束の確認のようなメールがぎこちない文章で送られてきただけだった。 美加子はそわそわしながらも、なんとか水曜日まで過ごした。 その日は、先月の棚卸による残業の調整で、いつもより遅い昼出勤だった。 雲ひとつない青空で、風もない。 遠くのビルまでよく見えた。 美加子はいつものようにJR東神奈川駅から京急仲木戸駅までを急ぐ。乗りたい電車は2分後だったが、仕事後のデートのために慣れないヒールを履いてきてしまったせいで いつもよりその直線が長く感じる。 「あーっ あかいでんしゃ!きちゃったよ」 すぐ近くを歩いていた、小さい男の子が叫んだ。 美加子はぱっと右の横浜方面をみると、確かに赤い電車が来ているのが見えた。見えているのに間に合わない。 走れない靴で来てしまった自分がいけないのだが、 見えているのに乗れないというのが悲しかった。
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