第1章

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   赤い列車の横を、黄色い列車が走るようになった。  幸せの黄色い列車に乗り、学校へ向かう今日は少しだけ特別なことが起こりそうだ。実際にどうというよりもそう期待することで心が弾んだ。  南太田駅で快速の通過待ちをします、という独特の声色が車内に響く。上大岡駅に差し掛かったころに空席は埋まり、立っている人が目立つようになる。ここでいつもと同じように晴夏が乗ってきて、一両目の真ん中のドアの横、角席に座っている私の前に立ち「おはよう」とほほ笑む。切れ長の目がさらに細く垂れ下がり、口元に浮かぶえくぼを見るとほっとする。私と晴夏は入学当初、一年生のクラスメイトで三年生の現在は別のクラスになっているが、能見台駅で降車し、学校までのバス代を浮かせるために歩きで登校するのは習慣になっていた。梅雨は替えの紺色ソックスを持参し、真夏の暑かった日はほとんど日陰のない燦燦と照らされた住宅街を歩いた。寒くなればコンビニで肉まんを買い食いして帰ったり、雪が降った日も替えの靴下を持ち歩いたっけ。三年間の茫漠とした短いような長いような歳月を意識すると急に「あっという間っだった」などというよくわからない流行りの言葉を当てはめてみたくなった。 「ねえ、なっちゃん何をそんなに考えているの?」  ぼうっと一点を見つめて思いふけっていた私をのぞき込み、晴夏は自分に構ってくれ、というように唇をすぼめた。 「好きな人のこと考えてたのよ」  私は自分なりに背伸びをしてはぐらかしていた。  私が今思い出し、考えていたことは色恋よりももっとかけがえのないことだという気がしたがどうなのか。私がどれほど情熱的に想い焦がれてもそれはかりそめで、一時の熱に浮かされて忘れてしまうものなのだろうか。  私はちら、と優先席の前の二両目との蛇腹のつなぎ目の角のほうへ目をやる。  スーツ姿のいつも淡い色のシャツを着ているあの人は今日も同じ位置にいる。 私たちが能見台駅で降りてもその人はどこまで行くのか。 「いつも同じ車両に乗ってるメガネのスーツ着た人かっこいいよね」  晴夏は私の視線を察してか、あるいは知らずにか口を開いた。「月9に出ている俳優に似てるよね」とうれしそうに続けた。 「そう?地味だし、さえない感じで、ああいう人はどこにだっているよ」  なぜだかむっとして、必要以上に攻撃的な口調で反論している自覚はあった。
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