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ピンヒールのパンプスが歩くたびに足から外れ、走るとカパッ、カパッと間の抜けた音がした。晴夏は「なっちゃんシーっ、静かに!」と口もとに人差し指を突き立てた。
俊敏に動き、ブロック塀の陰にさっと身を隠す晴夏を見て、自分のほうをかえって恥ずかしいと感じた。白いシューズは晴夏にぴったりとフィットしていて、赤いラインが鮮やかにひかり、きらきらとしていた。
男はどこまでも住宅街を歩いて行ったので、靴のせいで徐々に私は晴夏を追いかけるような形になった。いつから男が車両に乗っていたのかはわからないが、ひょっとしたら晴夏が今日の私たちのために連れてきたのではないかという気になった。何か見えない引力に動かされている気がした。
ふいに男が渡った後、信号が点滅し、晴夏が走り出した。
「なっちゃんはやくー」と夏帆が私を急かした。
「わかってるってば!」と語気を強めていい、急いで走り出そうとふんばり、勢いよく地面を蹴ったとき、ハイヒールがぶつりと折れ、私は地面に思いきり尻もちをついた。
晴夏は慌てて私に駆け寄ってきて、ひざを曲げて目線を合わせた。
地面にへたりこんだまま、目だけで男を追うとひまわりクリニックと書かれた看板の出ているところへ入っていった。
私と晴夏の「あっ」と咄嗟に出た声が重なった。
「ねえ、なっちゃん」
晴夏がこちらを振り返り、私たちは鼻と鼻が触れ合いそうなほどの距離で顔を見合わせた。
「うん。あの人、大きな病院ではないけど、クリニックで働いてたね」
私が興奮気味にいうと晴夏は大きく頷いた。
「何してるのかはわからないけど、やっぱりかっこいい!」
晴夏は甲高い声をあげていった。
「バイトだったらどうする?」
しばらく私が笑いをこらえていると、晴夏は自分で水をさすようなことをいった。
「バイトってあり得るの?」
「もうバイトでもかっこいいよ」
私たちは地面に座り込みながら大笑いした。
晴夏に手をかりて起き上がり、薄らと汚れたワンピースの後ろをはたいた。
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