第1章

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 港町駅を出て川崎競馬場の看板が見えた時、私は口ずさんでいた美空ひばりの港町十三番地をやめて呟いた。 「メデューサってどこだ?」  メデューサは小学四年生になる孫の翔太との待ち合わせ場所だ。当たり前だが、メデューサは正式な地名ではない。私の記憶が正しければ、ギリシア神話に出てくる髪の毛がヘビの女怪物がメデューサだったはずだ。翔太が言うには、友達との間で使われる場所をあらわす合言葉らしいが、それが何をさすのか私は知らない。しかも私は息子夫婦と孫の翔太に会うために、はじめて川崎に来たので土地勘がない。  翔太はメデューサの場所を示した地図をメールで送ってくれたが、私の携帯電話はガラケーという種類らしく見ることができなかった。翔太はプリンターで地図を印刷してくれたが、それをマンションに忘れてしまった。港町駅のすぐそばに建つタワーマンションなので十分もあれば取りに帰れるのだが、弱りつつある足腰のことを考えると億劫という言葉が先に出てしまう。とは言っても、場所が分からなければ仕方がない。「メデューサ、メデューサ」と呟きながらタワーマンションへと向かおうとすると、声をかけられた。 「おじさん、メデューサに行くの?」  年齢的にはおじいさんに近いのだが、自分のことだろうと振り向くと少年が立っていた。 「君はメデューサって場所を知ってるのかい?」 「たぶんね、多摩川の水門のことでしょう?」  メデューサは水門のことだったのだろうか。思い返してみると、翔太となぜ待ち合わせをしたのか覚えていない。そうすると、私は何も知らずにメデューサを目指していたことになる。我ながら呆れる。  声をかけてくれた少年が、翔太と同じ年くらいだったことと、メデューサという名前の場所は幾つもないだろうと思い、私は少年に案内してもらうことにした。 「君、名前は?」 「カズキです」 「何年生?」 「四年生です」  翔太と同じ学年だ。 「カズキ君はこの辺に住んでるの?」 「あそこのタワーマンションです」  少年は翔太が住むタワーマンションを指差した。タワーマンションは三棟からなるので正確にはどれかはわからないが、おそらく小学校は同じだろう。 「カズキ君は鈴元翔太って知ってる?おじさんの孫なんだけど、たぶん同じ小学校じゃないのかな?」  だが少年は黙って首を横に振った。
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