第1章

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 京急大師線の踏切を渡り、多摩川沿いの土手を少年と二人で歩いた。どうやら私はまったく逆の方に行こうとしていたようだ。多摩川を船が走っていた。魚でも取るのだろうか、東京湾へと船は向かっていく。  川が近くにあるだけで、自然を身近に感じられる。私と息子が住んでいた家の近くには江戸川が流れていた。息子は川が近くにある場所に住むことを、意識的に選んだのかもしれない。そう考えると江戸川と多摩川の雰囲気は似ている。 「ねぇおじさん」  懐旧の情に駆られていると少年が話しかけてきた。 「なんだい?」 「メデューサに、何しに行くの?」 「実はおじさんも知らないんだ。孫の翔太に来てくれと言われただけなんだ」 「ふーん、そうなんだ。たぶんムシでも捕まえるんじゃないかな」 「昆虫かい? 多摩川はどんなムシがいるんだい?」 「ちゃんとした名前は知らないけど、バッタとか蝶は見たことある。この間はヘビが川を泳いでるのを見たよ」 「多摩川にはまだ虫がいるのか。おじさんが子供の頃も、ショウリョウバッタとかトノサマバッタなんかを捕まえて遊んだよ」 「トノサマバッタは見たことあるよ」 「ショウリョウバッタは知らないか。飛ぶ時にチキチキチキって音を出すバッタだけど」 「音は聞いたことあるかも。形はあんまり分からないや」 「田んぼが近くにあれば、イナゴとかカマキリなんかもいるんだろうけどな。ここら辺にはいないかもしれないな」 「うん、カマキリはネットでしか見たことない」  カマキリの本物が見られなかったら図鑑ではなく、ネットで見るのか。時代を感じる。 「昔はカマキリのカマにイナゴを挟ませて、無理やり食べさせたりしたな」 「残酷だね。なんでそんなことするの?」  私は声を出して笑ってしまった。確かに残酷だが、そんなことは考えたことがない。翔太に話をしても同じ感想が返ってきそうだ。 「なんでだろうね。昔はそれが面白かったんだろうな」  思いのほか、少年とは昆虫の話で盛り上がることができた。時代が変わっても子供は虫に魅せられるということだろう。ほかにも昆虫の話をしたかったが、水門が見えてきた。 「ところでなんで、水門のことをメデューサって言うんだい?」 「言ってもたぶん分からないよ。二組の人たちがそう呼んでるだけなんだ」  翔太は何組みだっただろうか? 「見れば分かるかな?」 「どうだろう。僕たちはイチビーって呼んでる」 「イチビー?」
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