第1章

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赤と白の電車がはしっていった。 もう少しがんばろう、と思った。 知らない人ばかりの、知らない土地。覚えたばかりの仕事。 「この書類。また、間違えてる。」 「――申し訳ありません。」 自分の鈍くささに呆れる日々。 「お先に失礼します。」 「お疲れー。」 馴染めない街。 くたびれた背中が、つらつらと歩いていく。改札へと吸い込まれていく。灰色と紺色の海。規則的にゆれる黒い波。大勢が降りて、大勢がまた乗ってくる。規則的な波。あの海を思い出す。 犬の形と言われる神奈川県の、海に突き出た後ろ足。海岸、なんて言いながら妙に生活感の漂うところ。海のうえにぷかりと浮いたゴミ袋。打ち上げられたクラゲ。にぎやかなコンビニの喧騒。湘南みたいなよそ行きの顔は持っていない。誰もいなくて、時々釣り竿がゆらりとゆれる。何か釣れるんだろうか、こんなところで。山裏の池でザリガニでも釣っていた方が生産的な気がする。でもその生産性のなさも、らしいといえばらしくて、無くなってしまったら寂しいような気がする。雑多だけれど、だからこそ愛しい。私のふるさと。 だいたい、故郷という言葉は重すぎる。山と海と、田んぼや畑、マンションとか沢山の家、そういったものを全部ごちゃまぜにして箱に詰めて、ひっくり返したようなあの半島には、もっと軽やかで日常的な響きがふさわしいような気がする。だけど、さと、という響きは悪くない。ふる、という柔らかくて畳のような匂いがする音も。つまり、どこまでも家庭的であったかい場所なのだ、私にとってのあの町は。 扉が開く。人波にもまれながら、今日もホームに足がついたことにどこかほっとする。いつも、足が浮いたままどこかに流されて行ってしまうような気がするのだ。別に子供でもなし、体重もそんなに軽くはないし、そんなことが起きるわけもないのはよくよくわかっているのだけれど。でもときどき、それも悪くないかも、と思ってしまう。流されていった先で、見える景色があるかもしれない、なんて。
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