第1章

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少し照明が落ちた商店街を歩く。地元の商店街は、私が知らないうちにがらりと様変わりしていた。いつのまにかできた大きな歯科医院。広い駐車場がどこか寒々しい。シャッターが開かなくなった八百屋さん。でもスーパーの方が便利で、一度も買ったことはなかった。和菓子屋さんとお隣のお肉屋さん。甘いみたらし団子か、少し味の濃いコロッケか、いつもどちらにしようかと財布を覗き込んで迷っていた。飲み屋に変わってしまった本屋さん。よく立ち読みをさせてもらっていたけれど、なかなか買わなかったのは悪かったかな。小学生のあのころ、お年玉を崩して買うにも本一冊はなかなかの出費だったし、親に買ってもらうときはいつも少し遠いデパートだった。そんなことをみんながしているうちに、つぶれてしまったんだろうか。身勝手な感傷。わかっていてもどこか寂しい。 四つ目の脇道を入って、坂を上っていく。この坂はいつも少しきつい。坂のきつさはあの町も同じだった。スーパーでお米や水を買った日には、何度も休憩しながら歩いた。坂をのぼりきって、振り返る。ほのかに明るく見える商店街。この景色は、悪くない。どこかあたたかくて、ほっとする。 最後の角をまがって、あぁ、帰ってきている。 「ただいまぁ」 明かりがついている。いい匂いがする。帰ってきた。 おかえり、ご飯出来てるよ、そういってあの人が顔をだす。 なんだか泣きそうになって、ぎゅうっと抱きついた。きっと色々思い出していたせいだ、そうにちがいない。そういうことだ。もう一度ぎゅっと顔を押し付けて、おなかすいた、とつぶやいた。ん?とつぶやいて頭をぽんぽんとされる、その感覚は、昔々に海辺であびた太陽の光に似ていた。 坂を駆け下り、商店街を抜け、今日もまたホームに足を踏み入れる。綺麗に空が晴れていて、それは昔見た空と同じだ。少し風が冷たくて気持ちいい。ここの風は潮の匂いがない。嗅ぎ慣れた匂いじゃないから、少し不思議な気分になる。代わりに匂うのは、温められたコンクリートや、どこかのお家の食卓、街路のツツジの花。いつも匂いが違うから、ルーレットみたいでちょっと楽しい。
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