第1章

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やってくる電車は今日も満員だ。これだけの人が、普段はどこに収まっているんだろう。街中でもそんなに見かけることなんてないような気がするのに。駅について、人の波がひき、よせる。また駅についた。ひいて、よせる。ひいて、よせる。無限に繰り返すような静かなリズムをのせて、時折駅をとばしながら、街から街へと列車は走る。 特急。快特。そんな言葉を覚えたのはいつだろう。あの駅とあの駅にはこの電車は止まらない。それを知ったのはいつだろう。 「ねぇ、おかあさん。どのでんしゃならのっていいの?」 隣駅での習い事。小学一年生の冒険。 「どの電車も次の駅には絶対止まるから、どれに乗ってもいいのよ。」  そうして、本当にどの電車に乗っても次の駅には絶対に止まった。とばしてしまうことなんてなかった。次の駅には必ず止まる。私の中で、そのルールは長いこと健在だった。常に次の駅に止まるなら、とばされる駅なんてないはずだ、そんなことに気付いて、現実を調べてしまうまでは。実態はなんてことない、ただあるところから全駅停車になるだけだった。だから特急も快特も止まった。どんなに田舎くさくて、人が降りない駅でも。市街地に出るには少し遠い場所だったから、足の速い電車が止まるのは助かった。中学、高校、大学、どこに行くのも遠かったけど、遠いわりには速かった。だけど、それを知ってしまったとき、サンタさんの正体に気付いてしまった時のような、少しひんやりとした感じがした。電車がどの町にも目を留めてくれているのではなくて、ただのシステムに従っているのだと知ってしまったから。   「おはようございます。」 今日もまた、一日が始まる。いつもと同じような仕事が与えられ、同じように時計の針はゆっくり進む。でも昨日された指摘は、今回は無かった。珈琲も昨日より美味しく入った。お昼の定食は外れだったけど、午後は作業のテンポがいい感じだった。決まった形のなかで見つける小さな特別が、ほんのり嬉しい気持ちをつくる。システマティックに回る社会で働く人々について、働き蟻だとか歯車だとか揶揄されることは多いけれど、一人ひとりに目を向ければ、それぞれが物語を持っている。物語は互いに干渉しあって、日々新たな波紋を広げている。大きなシステムの中には、小さな無限大が詰まっている。
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