第1章

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たとえば、JRも通っていないような土地に、赤と白の電車が走る。雨が強くても、風が強くても、運転を止めずに頑張ってくれる。事故があっても、可能な限り早く復旧させてくれる。止まってしまえば歩くかタクシーに乗るしかない、私たちのために、今日も赤い電車は走ってくれる。ただの交通システムだと捉える人もいるかもしれない。それでも、私たちはそんな物語を持つ赤い電車がお気に入りだったりするのだ。 「お疲れ様でした。」 「お疲れー。」 週の半ばは特に、会社を出るのが嬉しい。長い一日を終えて、凝り固まった全身の筋肉が悲鳴をあげているのを感じる。帰りの電車はどうしても座りたくて、あえて普通を選んだ。固めのシートに座ってゆられていると、京急のふかふかなシートが恋しくなる。親になかなか会えないことよりも、京急の姿を見かけないということが、あの町からの距離をひしひしと感じさせる。心が疲れているのか、馴染めていないこの街で、何かから疎外されているような切なさを感じてしまう。自分の物語から零れ落ちて、違う物語に迷い込んでしまった主人公のような。 「―――。――、―――――――。」 「――――? ―――。」 未だに耳慣れない方言が、寂しさを余計に助長する。何があったというわけでもないのに、やりきれない気持ちが突然やってくる。帰りたいような、子供に戻りたいような、どこへも向かえない寂しさが渦を巻く。 それでも、明日はやってくるし、会社には行かなくてはいけない。 投げ出すわけにはいかないし、そんな勇気も持ってない。 だから結局のところ、心をなだめすかして、また立ち上がって、小さな良いことを拾い集めながら、進んでいくしかないのだ。 遠くで踏切の降りる音がする。乗り換えの駅のホームの端っこで、じっと向こうを見つめる。待ち構えていると、赤と白の電車がトンネルを抜けてくるのが見えた。遠くを走る、乗ったこともない、京急とは違うデザインの、京急と同じ色合いの電車。 「―――――よし。」 走り去った後姿を見つめながらため息をついて、踵を返す。京急は今日も走っていただろうし、明日も走っているだろう。沢山の人と物語を乗せて、黙々と役割を務めただろう。そして今日も愛されていたのだろう。それに乗って育った私も、きっとやれるはずだ。 階段を踏みしめてのぼる。
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