0人が本棚に入れています
本棚に追加
「みなみの子供が無事に産まれますように!」
新緑の木々がざわざわとなびく中、秋子は穴守稲荷神社で真剣に祈っていた。小学校から長年付き合って、数十年の友人みなみが初めてのお産で臨月を迎えているのだ。日々大きくなっていく親友のお腹を会うたびに見ながら、親戚でもないのになんだか段々と「叔母さん」のような気持ちが高まっていった。とはいえ、この場所に引っ越してきた理由が頭をかすめなかった訳ではない。
元彼との同棲中はずーっと欲しくて欲しくてたまらなかった”子供”。10年選手の付き合いともなると、何かきっかけがないと結婚は無理じゃないかと、自分でも薄々気づいていた。長年一緒に暮らしているのに、自然と出来ないのはもしかしたら自分の身体に日があるんじゃないか…とも。でも、そんな心配も、これまでの楽しかった思い出も、ぜんぶ彼の突然の告白に消し去られた。
「私じゃない人との間に先に子供が出来たなんてね…。」乗り換えられた事実もショックだったけれど、それよりも、私とキスした後に同じ唇で知らない女性の身体を触っていたことがショックだった。そんなことを想像してしまったら、もう終しまいだった。どう打ち消そうと思っても、嫌悪感がどんどん頭上に覆いかぶさってきて、もう同じアパートには居られなくなった。みなみの住んでいる京急線沿線に引っ越しを決めたのは、そのせいだ。住んだことも仕事で訪れたこともない、遠い親戚も住んでいないような、自分にとってまっさらな場所に行きたかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!