シンデレラシンドローム

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 品川駅港南口より徒歩10分程度、下水処理施設の地上部分に建設されたオフィスビルの2階のカフェの店内は、食欲をそそるオリーヴオイルの匂いで満たされていた。店内のテーブルのひとつに向かい合って座っている男性のうち、青年のほうが、ポケットからチラシを取り出した。  異能の名探偵。遺失物捜索、人探し、ペット探し、まずはご相談ください。  クリップアートのような探偵のイラストが添えられている。コピー用紙に家庭用4色インクジェットプリンタで印刷したかのような品位の広告だ。 「このチラシを拝見してご連絡しましたが、……ご本人様ですか?」 「ええ。うちの事務所は俺一人です。」  青年の向かいに座っているのは30代くらいの男性だ。端正な顔立ちを、黒縁眼鏡で隠している。かなり小柄だ。依頼者の青年は身長180cmだったが、それより20cmほど小さく見える。身体つきも痩せていた。黒のスラックスにウエストコートを着ている。襯衣の襟にはループタイをしていてお洒落な印象だ。刑事ドラマのように、シャツガーターで余り気味の袖を留めている。 「異能と書いてあるくらいですから、すごく有能でいらっしゃる?」 「いや。そのままの意味です。シックスセンスです。」 「そうですか。」 「事務所はどちらに?」 「ノマドです。俺の能力は、足を使うことが必要なので。」 「足に関する能力なんですか。」 「比喩です。……土地の記憶を見るんです。その表現が適切なのかはわかりませんが。土地に残る痕跡を、映像として見ることができる。」  テーブルに、料理が運ばれてきた。青年は、チラシを畳んでポケットにしまった。青年の前には、本日の肉ランチのプレートが置かれる。鶏肉のアラビアータソースだ。探偵が注文したのは、ボックスランチだった。アンガス牛をメインに、ゴボウのフリットなど、季節の野菜料理が彩りを添える。この店で一番高級なランチメニューだ。探偵は、蒸気を気にしてか、眼鏡を外してテーブルに載せた。  まずは、ランチに付属するパンを口にする。フランスパンのような堅いタイプのパンだ。ガーリックオイルを塗って温めたのか、表面はさくっとしていてパイのような食感になっている。 「やっぱり、眼鏡がないほうが素敵ですね。」 「依頼内容をお伺いしても?」 「弟を探してほしいんです。」 「失踪ですか。」
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