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うまくできずに、就活自体を否定し、自分を肯定する。「なんで、大学に入ってまでSPI(適性検査)対策で小学生の算数のような講習を受け続けなければならないのか」「個性個性と言っておきながら、みんな同じ黒いスーツ着なくちゃならなくて」「エントリーシートの対策をして、そのうえで今度は履歴書送って、ひとつひとつ間違えないようにって、送付状つけるかつけないかで悩んで」僕らの時代の就活は超氷河期呼ばれていて、当たり前のようにどんどん落とされてゆき、思い描いていた人生は、選ばれし者しか甘受できないものと化していた。そして彼女はそこから逃げてゆく。「自分らしさ」を求めて。
上っていたと思ったら実は降りている。そんなエッシャーのだまし絵のように永遠にぐるぐる回り続ける世界で生きる休日出勤のつかれた男の顔が、車窓に映っていた。
「三崎口から、もっと先にあるの、ウチは。もっと海のほう。海のほうが近いんだよ、なにもかもが。スーパーよりも、スタバよりも、駅よりも、なにもかもより海が近い。」
いつか話してくれた生まれた町の話を思い出しながら、バスターミナルで、油壷マリンパーク行に乗るか、三崎港行に乗るか迷ったが、油壷マリンパーク行に乗った。彼女が言った「なによりも海が近い」という言葉。もちろん彼女の実家が三崎のどこにあるのか全く知らないし、知る由もなかったし、知りたくもなかったし、元カノの実家に行きたいわけではなく、なんとなく、彼女のいう「何もかもより海のほうが近いところ」に行ってみたくなった。スーツ姿で、仕事用のカバンと彼女の言葉を持って、海の町に行く。
三崎口駅からは畑の真ん中を道路にしたような一本道をバスはゆく。畑の鮮やかな緑と、白い雲が浮かぶ青い空の間に、光る満ち足りた海が穏やかに見えていた。絵に描いたように美しい風景に心は少しイラついた。
いい天気だな、と思いながら、いい天気が憎い。梅雨入りしてからのジメジメした空気に嫌悪感を覚えていたのだから、こんなに天気がいいことは喜ぶべきなのに。僕は悔しかった。
初夏と言っても、まだ夏の気配はなく、雨の残りにいら立ちながら、夏が来るを拒んでいたのに。やっぱり夏は確実にやってくるし、きっとこの町は夏が良く似合うのだろう。彼女のように夏が似合う。
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