第1章

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 シフトの関係で、翌日、つまり今日は休みだった。  どこかで遅めの朝食をとろうと、わたしは北品川駅の近くを歩いていた。通勤時間を短くしようと引っ越してきたのが半年ほど前だ。なのにまた引っ越さなければならない。  京急電車でひと駅隣りの品川駅のそばには、高層ビルが多い。ホテルやレストランなどが入る駅前のSHINAGAWA GOOS(シナガワ グース)は、翼を広げた大きな鳥のように人々を迎えている。  けれども、北品川はちょっと違う。昭和を感じさせる商店街があったり、潮香る海に屋形船がいくつも停泊したり、魚介料理が美味い居酒屋があったりと、ややのんびりした空気が流れているのだった。    八ツ山鉄橋まで来た。三角形を組み合わせた深い緑色のトラス橋は、頑丈な鋼鉄でできている。わたしが生まれるずっと前に造られたものだ。  赤い車体に白いラインが入った京急電車が八ツ山鉄橋を通ると、わたしは立ち止まり、赤と緑の鮮やかなコントラストをうっとりと眺めたものだ。  けれども今日は、すぐに鉄橋から目を逸らした。    辞めよう。気持ちは、ほぼ固まっている。  橋のそばの青信号を渡り始めたとき、突然、体が前のめりになった。次の瞬間には腕や膝、バッグをしたたかアスファルトに打ちつけていた。 「いったたた……」  硬い小石や砂粒が皮膚にめり込み、体がじんじんする。  体を起こし、バッグから零れ落ちたたくさんのものを拾い集めた。財布、ミニポーチ、ボールペン。人々は迷惑そうな顔で、あるいはわたしと目を合わせず通り過ぎていく。  渡り始めた側に転がっていったボールペンを追いかけようとしたとき、あちこちから一斉にクラクションが鳴った。足がすくんだ。   「何やってんの!」  声がして腕を掴まれた。青いダンガリーシャツに黒いパンツを合わせた、同じ年頃の男だった。痩せているのにすごい力だ。  そのまま腕を引っぱられ、よろよろ走る。歩道に上がると手が離れた。信号は赤に変わっていて、背後で車がたくさん行き交っている。 「ボールペン!」 「ボールペンじゃないよ! 死にたいの?」  身を乗り出しかけたわたしの腕を、男はふたたび強く掴んだ。黒目がちな目が、くっきりした眉の下でわたしを見据えた。目は、ブルーベリージャムに入っているブルーベリーの粒みたいにつやつや光っている。美形なのにどこかファニーな顔立ちだ。
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