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「もしかして、十数年前、ちょっとのあいだ○○中学に通ってた?」 木山和樹は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、いっときね、と真顔になった。
「親父が事業に失敗してさ、そのあと、あちこち転々としたんだよ。よく覚えてたね。一年もいなかったし、誰からも忘れられてると思ってた」
満面の笑みや、座席を軋ませる大きな身振りからは、中学時代の姿は想像できない。あんな目の人、いなかったもの。とは言えず、大変だったね、と言うのが精一杯だった。それすら、口にしたあとでも、ふさわしい言葉なのかわからなかった。
「ま、親父の方が大変だったろうけどね。あのさ、同じクラスじゃなかったよね?」
「うん。廊下で何度かすれ違ったことあるけど」
「よかった。ぜんぜん覚えてないからさ。俺、担任、花輪先生(はなわせんせい)だったんだけど赤木さんは?」
「池之木先生(いけのき)先生。ってことは木山……君(くん)、三組かあ。わたしは一組。あの頃に比べてずいぶん背、伸びたね」
会話が、急に打ち解けたものになった。わたしたちは授業や教師、購買部の店主などの話や、中学校を卒業したあと、互いにどう過ごしてきたかの話をした。
木山君は、高校を卒業したあと、コンビニの店員や不動産会社の事務員などを経験した。今は、勤めて三年めの出版社でミニコミ誌の記事を書くのが、面白くなってきたという。
途中で木山君は、手帳に挟んだ紙を取り出し、真剣な目で読み始めた。
「にしても、何で手書きメモ? スマホに打ち込んでおけばいいんじゃない?」
「やってたよ。けど一回、取材直前に手がすべって、スマホを落として壊したことあって」
長くて節が目立つ指を素早く動かし、彼は事態を再現する。
「もう、あせったあせった! 以来、アナログ派」
機械系はねえ、とわたしは、口を半開きにしたまま何度も頷いた。
「実はこの前、外の会場を借りてやった、取引先を招いてのプレゼンで大失敗したんだよね。プロジェクターにパソコンをつないで、写真や絵を見せながら発表してたんだけど、途中でバッテリーが切れちゃって」
「予備バッテリーは?」
持っていっていなかった、とわたしは首を横に振った。
「紙の資料はペラ紙一枚だけだったし。怒って帰った取引先もあって、みんなに迷惑かけちゃった。で、昨日、函館に行けって言われて。辞めようかと思ってるんだ、会社」
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