第1章

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 ほかの店でも、甘みある醤油だれが浸みた漬け丼、衣がカリッとし中の肉がみっしりした唐揚げ、滋味豊かなネギトロ、と多彩なまぐろ料理を味わった。 「わたし今日、生まれて初めて、まぐろがおいしいって思った」と言うと、木山君は「そうなの!?」と素っ頓狂な声を上げた。 「ほんとに助かったよ。ありがとう。謝礼はどうすればいいかな?」  最後に取材をした店の前で、木山君は、振込先か送付先を書いてほしい、とボールペンと紙を差し出した。これからどうするのかと尋ねると、もう一軒、取材があるという。 「モデルがいてくれるといいんだけど、そこまで拘束しちゃ申し訳ないし」  また上目遣いで、じいっとこちらを見つめる。わたしは吹き出した。 「よかったらまたモデルやるよ。助けてもらったお礼」  再びバスを乗り継いで行った先は、京急油壷マリンパークだった。  白亜の建物は、直方体の上に円筒形の上屋がついている。 ちょっとマイアミ・デコみたいだと言うと、何それ、と木山君は怪訝な顔をした。 「一九一〇年代から一九三〇年代くらいの装飾様式に、直線や幾何学模様を特徴とするアール・デコってのがあるのね。で、それを使った建築がマイアミビーチのそばにたくさん残ってて、マイアミ・デコって呼ばれてるの」 「ふうん」 「白とかパステルカラーに塗られて、夜はネオンも灯ってきれいなんだよ」  マイアミ・デコは海の青にもくっきりと映えていた。  行ったことがあるかと訊かれたので頷くと、俺はまだ海外、行ったことないや、やっぱり本物は違う? と彼は首を傾けた。うーん、中に身を置く感じと、大きさがわかるのがね、あと匂いとか温度とか、と答えた。 「デートコースを紹介するつもりで、客のように見て回って記事を書くからね」  と木山君は言った。受付の女性に渡された「取材許可証」と書かれた腕章を、彼は装着し、首から提げたカメラのシャッター音を時おり響かせた。  イルカやアシカが出てくるショーは芝居仕立てで、そういうのを見るのは初めてだった。シーズン2に続くという。「ドラマかよ!」とわたしたちは同時に突っ込み、笑った。 「魚の学校」コーナーでは、通学路で信号の赤と青を見分けるみたいに泳ぐ魚の群れや、門の所でしょっちゅう自家発電し、生徒を叱咤激励する電気ウナギ先生などを見た。
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