第1章

2/5
前へ
/5ページ
次へ
胸に響く心地の良い音が聞こえた。その音に目を覚まし、足れていた顔を反射的に上げる。俺が乗っていた電車は見覚えの無い駅に停車していた。ホームの柱に付いている、プレートに書いてある駅名は、何と読むのかよく分からない。いつみ、とでも読むのだろうか。  どうやら俺は乗り過ごしていたらしい。重い腰を上げ、電車から降りた。面倒くさいという気持ちがどっと溢れ出す。早く帰って疲れきった身体を休めたいのに。自分が降りるはずだった駅からどれほど離れているのだろうか。とりあえず上りのホームに移動しなければならない。  鉛のように重い足を動かせば、耳から入って胸に落ちる心地よい音が響いている事に気がついた。俺を起こした音だ。これは太鼓の音だ。  小学生低学年くらいの男の子が、今流行のアニメのキャラクターのお面をつけ、父親と手をつないで改札口から駅に入ってきた。  どうやらここの街は今、お祭りらしい。 湿気が多く、連日雨が続くこの誰もが嫌いな時期にお祭りとは珍しい。そういえば今日は雨は降っていなかったか。  早く帰りたい気持ちとは裏腹に、足が改札の方に向く。太鼓と笛の踊るような音楽が俺を誘っているようにしか聞こえない。少し早くなる鼓動。わくわくした気持ちが溢れだしそうだ。  改札を抜け、階段を駆け下りる。少し進めば、商店街が広がった。道路を真ん中に、両脇に商店街。そのお店に沿うように上からは提灯がぶら下がっている。温かくもはっきりと主張する赤色を放っていた。 お祭りに来たのなんて何年ぶりだろうか。こんなにキラキラしていたものだっただろうか。  いつの間にか軽くなった足がどんどん進んで行く。焼きそばやお好み焼きのソースの匂い。りんご飴やカステラの甘い匂い。様々な匂いが混ざり合い、気持ち悪いはずなのに、その空気を胸いっぱいに吸わずにはいられなかった。 「お兄さん!どう? うまいよー、うちのたこ焼き!」 この場にお兄さんなんて沢山いたはずなのに、俺は反射的に振り返った。どうやらその言葉は本当に俺にかけられたものらしく、たこ焼きの屋台の下にいるおじさんは、俺に笑顔を向けていた。 「…あ、まじっすか?」 「まじまじ!今なら2個おまけしちゃうよ!」 これといって食べたいものが決まっていなかったので、おじさんの言葉にのせられた俺はたこ焼きを購入した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加