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「少しでもスマートに見せたいんです。だから今日のおやつはイイです。せっかくなのに、ごめんなさい」
「琴ちゃんなんて、ぜんぜん太ってないのに」
「テレビって実物より「3キロ太って写る」って言われてるんです。今さら大福1個で変わらないとは思うけど、今日はやめときます」
「しょうがないわね。じゃあ、あたしが食べるか…」
恵美子は少しだけ迷ったあげく、3つ目をあんぐりと口の中へ入れた。
「さ、松島さんもどうぞ」
「いいですね。いただきます。今日は『前祝い』みたいなモノかな」
豆大福で「前祝い」というのもあまり聞いたことが無いが、松島は嬉しそうに手を伸ばした。
「このスマイル不動産から、とうとう女優さん誕生の『前祝い』よ。ああ、私も、もう少し若かったら挑戦したかったわね~」
恵美子は大きな体をゆすり、ゆたかに前へせり出した自分のおなかをポンポンと叩きながら笑った。
「今のうちに、清水さんのサインをもらっておかないとダメかな」
琴音は激しく両手と首を横にふった。
「ひゃ、やめて下さい!まだ決まったわけじゃないし。『2時間ドラマ』で、せいぜい温泉宿の『仲居A』ぐらいの役で、セリフだって無いかも知れないんですよ」
「あら、旅館の「仲居さん」の役なら、わたしでも出来そうね。料理をつまみ喰いしちゃう役なら、なおいいけど。あはは…」
「食べるだけの役なら、僕だってやりたいですよ」
松島の言葉に3人は顔を見合わせ笑いながら、それぞれの仕事へ戻った。
「そうだ、あたし、お父さんや神サマにも、琴ちゃんがテレビに出られるように頼んでおくわね」
社長椅子へ戻った恵美子は、自分の後ろに飾られた亡夫の遺影と、諏訪神社のお札を祀った神棚に順番に手をあわせた。
「ありがとうございます」
頭を下げた琴音は、きつく握りしめていたスマホをやっとデスクに置き、これまでの長いみちのりをフト思いうかべた。
千葉県南房総の高校を卒業した18歳の時に東京の大学へ進学するために上京してきた。
高輪にあるミッション系の大学でフランス文学を専攻し、同級生たちと小さな劇団を作って公演したのが、演劇との出会いだった。
卒業後は中堅の食品メーカーに運よく就職でき、広報として社内報や会社のホームページを担当していた。が、演じることへの夢は忘れられなかった。
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