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 品川で乗り換える。がらがらと音をたてるスーツケースがうざったい。この暑いのに着込んでいるスーツが、余計に不自由さを感じさせてくる。ポケットからハンカチを取り出す動作すら億劫だ。電車は混んでいる。  定時で上がれれば晩飯のひとつも食べてから行けたものを、チャイムと同時にうまく席を立てない内に取引先から電話がかかってきてしまい、対応に追われた。誰も電話を代わってくれる訳でもない、作業を手伝ってくれる訳でもない。まして出張に代わりに行ってくれる人もいない。それ自体恨むつもりはない。みんなが忙しくて時間と仕事に追われていることはよくわかっている。俺だって人の手伝いをしてあげられるような余裕は無い。 「部長が悪い、部長が」  思わず声に出た。溜息をひとつ吐いて、スーツケースを持ち上げて階段を上る。十段に満たない階段だ。これくらい平気だ。と思ったが、上り終えてスーツケースを置いたらきちんとコントロール出来なくて、がつんと大きな音をたててしまった。いかんいかん。気を引き締めて伸縮ハンドルを握り直し、京急に乗り換える。  スマートフォンで調べた乗り換えだと、蒲田で乗り換えればあとはそこから10分ほどで空港に着ける。空港に着きさえすれば少し余裕が出る。時間があるようなら蕎麦くらい食えるだろう。  あ、席が空いた。少しでも座りたかった俺は、足早にその席へ行く。 (座れた)  ここまで足早にずっと歩いてきたから、やっと座れて足がじんじんしている。少し休憩出来てありがたい。  だが次の駅で、年配の女性が乗ってきて俺の斜め前に立った。白髪で上品な雰囲気で、ちょっとフォーマルなめかし込んだ恰好をしている。そして俺の右隣に座っている若者は、スマホでゲームに夢中で気がついているのかいないのか、譲る気配は無さそうだ。  仕方ない。  俺は心の中でえいやっと掛け声をかけて立ち上がる。 「あの、ここどうぞ」  俺が声をかけると、女性は驚いた顔の前で手をぶんぶん振った。 「いいえ、大丈夫ですよ」  しかし折角立ったので、もうひと押しして見た。 「私はすぐ降りますので」 そうすると彼女は 「そうですか? ありがとうございます」 と丁寧に会釈をして座った。俺はスーツケースを引き寄せて、吊革をしっかり握る。 「ご出張かなにかですか」
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