恩送り

1

　女性が声をかけてきた。俺はつい、
「はい。明日朝から大阪で仕事がありまして。空港へ」
　と返事をする。
「そうですか。こんな時間からご苦労様です。それなのにすみませんねぇ、立たせてしまって。遊びに行く私が座らせて頂いてごめんなさいねぇ。ありがとう」
「えっ。いいえ」
　なんだか嬉しかった。そんなことを言ってもらったことがなかったからだ。譲って断られたり怒られたり、お礼を言われたりすることはあった。仕事をして偉いというニュアンスで言葉をもらったのは初めてだった。
　それからしばらく俺はスマートフォンでメールチェックをしていたが、数通チェックしたところで蒲田に到着した。俺がスマートフォンを背広のポケットにしまってスーツケースを持ち直すと、女性が俺を見上げて言った。
「ありがとうございました。お気をつけてね」
　丁寧に会釈をしてくれたその笑顔が嬉しくて、俺も笑顔で返した。
「ありがとうございます。いってきます」
　久し振りにいってきますという言葉を声に出して言ったなと思った。