第1章

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 小さなマンションの3階。僕は、手にうっすらと汗をかきながら、ベランダ側の窓越しに、夜の闇が深くなっていくのを、ただただ不安な気持ちで眺めていた。一人ぼっちで取り残されてから、もうずいぶん時間が経ったように思う。家族のみんなは、お祭りへ行ってしまった。僕は、なぜ一緒に行かなかったんだろう。どうして、一人でこんなに不安な気持ちで、待っているんだろう。押しつぶされるような感覚がやってきて、涙が溢れそうになった時、はっと夢から覚めた。 「おはよー今から出発! いい天気でよかった」  スマートフォンを手に取ると、姉からLINEのメッセージが届いていた。時刻はたった今だから、どうやらこの着信に起こされたということらしい。  休日に朝から起こされて、文句の一つでも言ってやりたいような気にもなったが、そういうわけにはいかなかった。なにしろ、後ろめたい気持ちがある。僕は今、姉と母からの誘いを断って、一人暮らしの家でごろごろと寝転がっているのだった。  今日は、母の誕生日だ。  既読もついてしまったので、何かしら返信しようと思うのだけれど、何を書いてよいものか分からない。「おめでとうと母に伝えて」という文面は浮かんだけれど、なんだかくすぐったい。「晴れてよかったね」では白々しい気もする。結局、文章を書き始めることができず、居たたまれないような気持ちになって画面をスクロールしてみると、昨日のやり取りが目に入ってきた。 「ゆーくん、突然だけど明日、 マグロ食べに行かない?」                   「え、マグロ? なにそれ?」 「私明日、有休取れたから、お 母さん誕生日だし、これ連れて ってあげようかなと思って。お 母さんもパート休みにできたら しい」  メッセージのあとには、画像が付いていた。何かのパンフレットを写真に撮ったようだった。縦長のパンフレットの上部には、「みさきまぐろきっぷ」の記載があり、中央に大きなマグロの赤身の写真がつやつや
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