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「よりよいものを、さらなる進化を、望まないんですか、エジワスは」
「だったら言うけど。 正直言うけど! マジ、心配なんだって! 俺らのマネージャーとかならともかくさー! ホント、嫌。すげえ、嫌! なー、リリィ?」
口に出すと予想以上に子供じみた自分勝手な独占欲で、助けを求めて高く抱き上げたリリィはにゃあと言いながら長く伸びた。
*
真っ白な猫の鼻と鼻でキスをしている歩を、さゆりはスマートフォンのカメラに収める。
静止画になると、さらに絵になる。
あまりある才能のせいだろうか。
日本のミュージックシーンのトップに立つオーラゆえだろうか。
どこにでもいるというわけではないが、普通よりは少しかっこいいくらいの、でも人よりはずば抜けて歌が上手くて、音楽的なセンスにもあふれて、でも本当にごく普通の、目の前にいるのはそんな男子のはずなのに、一歩外に出れば、さゆりにはけして手の届かない存在になる。
「少しくらい心配すればええよ」
さゆりは恨みがましくない程度に呟く。
「そのうち、浮気や不倫やて週刊誌に書かれて、うちを泣かすくせに」
「芸能界に理解のある奥サンだから助かります」
歩は冗談めかしてそう答えたが、ふっと力を抜いて、「マジでそんなことした日には俺殺されるだろなー」
「えー? なんで? あ、わかった、ウチのオトウサンだ」
結婚式の号泣から、すっかり友樹はさゆりの父ポジションに落ち着いて、メンバーからオトウサン呼ばわりされることもしばしばだ。
今度のパーティー用に雅和にロマンスグレーのカツラを用意されていた。
それをかぶった姿はコントでしかなかったけれど。
「いや、オトウサンはどんなときも俺の味方だ! ……たぶん、きっと、メイビー」
殺されるとしたら、それは、きっと。
歩はほんの少しの間、物思いにふけってから、ぱっと顔を上げる。
「……いや、やっぱ、メンバー全員だわ」
「みんな、うちの味方?」
「うん、さゆりあってのエジワスだから」
「うれしいこと言ってくれちゃってー」
だいたい、無用な心配だ。
歩がさゆりを泣かせることは、この先、二度とない。
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