第3章 父と娘

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「ああ、よろしく頼む」 祐二は会長室をあとにした。 これからいよいよ、運命の歯車が回り始めるのだ。しかし、それはいったいどういう結果をもたらすのだろうか。と祐二は思った。 彩也子はその日、彼女にとって一張羅の紺のスーツを着た。 今日、実の父に会うのだ。そう思うと、一瞬思考が止まってしまいそうな気分だった。 とても現実とは思えないからだ。 嬉しくもあり、恐ろしくもあった。 香川祐二が彼女のアパートに迎えに来ることになっていた。 約束の時間少し前だった。アパートのインターフォンが鳴った。 祐二は彩也子を自分の車に乗せると、会長宅を目指した。 後部座席の彩也子は不安げにうつむいていた。 車は上村会長の邸宅の門を入って、玄関に車を止めた。 庭では色とりどりの薔薇の花が大きく咲き誇り、風に揺れていた。 「ここですよ。彩也子さん」と祐二は言うと、後部のドアを開けた。 「なんて、りっぱなお家」と彼女は言った。 彩也子はこんな大きな邸宅に、足を踏み入れたの初めてだった。 彼女は生まれてからずっと、2LDKのアパートに暮らしていた。 彼女のアパートほどもありそうな広い玄関に入ると、家政婦が祐二と彩也子を応接室へと案内した。 二人はソファに座り、待っていると、やがて応接室のドアが開いた。 「君が彩也子か」と上村会長が言った。 白髪の品位のある紳士が、この人が私の父かと彩也子は思った。 彼女は足がすくんだ。 「初めまして、本橋彩也子です」 彼女はなんとか立ち上がると、丁寧に頭を下げた。 「立派に成長したね。母の優子にそっくりだ」上村会長はやや興奮した様子で言った。 彩也子は涙が自然とあふれ、言葉が出てこなかった。 祐二は上村会長と彩也子の気持ちを察して言った。 「僕は別室に行っています」 彼が部屋を出るとき、会長が言った。 「祐二君、本当にありがとう」 祐二は会長に笑顔を見せて言った。 「良かったです」 別室の、庭に面した大きな窓の近くの椅子に座ると、祐二は黒いバックから煙草を取り出した。 もう、何年も煙草を吸っていなかったが、今日は吸いたくなるような気がして持ってきていた。
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