第1章 プロローグ

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30階建ての自社ビルのエレベーターに乗り込むと、それは最上階をめざして上(のぼ)っていった。 最上階には会長室がある。 彼は会長室の扉を開けると、秘書課長に挨拶をした。そして、さらに奥の部屋のドアをノックした。 「会長、香川です」と彼は言った。 「どうぞ」と上村会長が返事をした。 上村ホールディングスの会長と経営企画本部長の香川祐二(かがわゆうじ)は、毎週月曜日にミーティングをすることになっている。 今日は月曜日である。 すでに上村会長は部屋の中央にある会議用の丸テーブルの椅子に座っていた。 いつものように香川は封筒の中の報告書を会長に渡した。 上村会長はそれにざっと目をとおすと言った。 「別段、問題はなさそうだ」 「谷川化学の買収の件は順調にいっています」と香川がこたえた。 「それならいい」と上村会長は言った。 「それで、先日のことだが」と上村会長が急に話を変えた。 「亡くなった妻の一周忌では、いろいろとありがとう」 上村会長は1年前に妻を亡くしたのだった。 その上村会長の妻は香川の叔母であった。 「早いものですね。叔母が亡くなって1年たつなんて・・」と香川が言った。 彼にとって叔母の智子は、大きな後ろ盾だった。それが突然、心筋梗塞で他界したことは大きな打撃だった。 「本当に、でも何とか落ち着くことができたよ」上村会長は疲れた表情を見せた。 「それでだが・・実は君に相談したいことがあるんだ」と上村会長が多少躊躇するように言った。 「何でしょうか」と香川が言った。 「実は、君には言いにくいことなんだが・・」 香川は上村会長の気まずそうな雰囲気を変に思った。 「私には、他に娘がいるんだ」 香川は言葉がでなかった。それは聞いたことのない話だった。上村会長はどちらかといえば謹厳実直な人物としてとおっていた。 「本当ですか・・」と香川はきいた。 「ああ、事実だよ」 香川は信じがたい気持ちで言った。 「おいくつになられていますか」 「娘は26歳になる」
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