第1章 プロローグ

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香川は苦渋に満ちた顔をして言った。 「26年もの間、誰にも言わなかったのですか」 「いや、それが、娘の母親はこの会社に勤めていたんだが、突然いなくなった」と上村会長は言った。 「叔母は知らなかったのですね」 「ああ」 香川は智子がその事を知らずに死んで良かったと思った。 「娘が生まれたとだけ連絡があった。それっきりだったんだ」 「でも、それだけでは、会長の実子であるとは言えないでしょう」 「もちろんそうだ。ただ、娘の母親は誠実な女だった」と会長はぽつりと言った。 「その人を愛していらしたんですね」と香川が言った。 「そうだ・・君には悪いがね」上村会長は目をそらして言った。 香川の心中は複雑だった。 「それで、娘を手元に呼び寄せたい」と上村会長は言った。 「娘さんは、今どうしていますか?」 「母親を5年前に亡くし、一人で生きている」 「それで、僕にどうしろと・・」と香川が言った。 「君にこの件を頼みたいんだ。妻の甥である君に頼むなんて、心苦しい話なんだが、君は信頼できる男であるからだ。他の人間には任せられない」 上村会長はきっぱりと言った。 香川祐二の中で葛藤が、波のように起こっていた。彼は智子の顔を思い出していた。しかし・・彼はしばらく考えていた。 彼は決意した。 「会長のお気持ちはわかりました。この件は、僕が責任を持ってあたらせていただきます」と香川は落ち着いた声で言った。 「そうか。ありがとう」上村会長は幾分安堵の表情を浮かべた。 「会長、では今後、娘さんは会長の相続人とするおつもりですか」と香川はきいた。 上村会長は彼を見て言った。 「そうだ。娘は私の相続人となる」
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