第2章 彩也子

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現実とは不条理である。と本橋彩也子(もとはしさやこ)は思っている。 父は子供の頃亡くしていた。 母も5年前に脳梗塞で死んでしまった。過労が原因だった。 大学の夜学をなんとか卒業したものの、派遣社員として生活をしている。 毎日、毎日、生きていくだけで精一杯というのが彼女の現実だ。 今日はお局様である女性職員に、いろいろグチを聞かされてうんざりしていた。 お局様のご機嫌をそこねるわけにいかないので、彼女のくだらない話を真剣を装い聞いていた。 彼女の夫の話、子供の話、姑の話、彩也子にとってはどうでもいいことだった。 「よくがんばっているんですね。田立さん」といかにも、彼女に同情するふりをして相づちをうった。 おかげで帰るのがいつもより30分遅れてしまった。 もう今日は夕食を作る気になれない。地下鉄を降り、アパートへ帰る途中、コンビニでお弁当を買った。 彼女は多少いらついた表情をして、足早に歩いていた。それは後ろ姿にもあらわれていた。 その彼女が、5階建てのアパートの階段を上がっていくのを、見ている人物がいた。 彼はアパートの前の道の脇に、黒い車を止め、そこで彼女を見ていた。 「あれが本橋彩也子か」と香川祐二はつぶやいた。 本橋彩也子のもとに一通の手紙が届けられた。 差出人は池田法律事務所とある。 手紙を開けてみると、 -本橋彩也子様のご親族の件に関しまして、重要なお話があるため、当事務所にお越し頂きたい- 日時の指定もしてある。 何なのだろう?彼女は不安を感じた。 ノートパソコンを開き、ネットで池田法律事務所を検索してみた。 かなり大手の法律事務所だ。こんなところから私に何を。ますます彼女はわからなくなった。 もしかして、母が親戚から借金をしていたのだろうか。いや、母の親戚はシングルマザーの母には冷たかった。お金を貸せることはないだろう。第一、母の親戚が、こんな一流の法律事務所になんか頼むはずもない。 では、何なのだろう? 彼女は薄気味悪く思った。 約束の日だった。 池田法律事務所で、香川祐二と池田弁護士が彼女を待っていた。 「彼女は本当に来るでしょうか」と祐二が言った。 「来るとは思いますが・・」と池田弁護士が言った。
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