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現実とは不条理である。と本橋彩也子(もとはしさやこ)は思っている。
父は子供の頃亡くしていた。
母も5年前に脳梗塞で死んでしまった。過労が原因だった。
大学の夜学をなんとか卒業したものの、派遣社員として生活をしている。
毎日、毎日、生きていくだけで精一杯というのが彼女の現実だ。
今日はお局様である女性職員に、いろいろグチを聞かされてうんざりしていた。
お局様のご機嫌をそこねるわけにいかないので、彼女のくだらない話を真剣を装い聞いていた。
彼女の夫の話、子供の話、姑の話、彩也子にとってはどうでもいいことだった。
「よくがんばっているんですね。田立さん」といかにも、彼女に同情するふりをして相づちをうった。
おかげで帰るのがいつもより30分遅れてしまった。
もう今日は夕食を作る気になれない。地下鉄を降り、アパートへ帰る途中、コンビニでお弁当を買った。
彼女は多少いらついた表情をして、足早に歩いていた。それは後ろ姿にもあらわれていた。
その彼女が、5階建てのアパートの階段を上がっていくのを、見ている人物がいた。
彼はアパートの前の道の脇に、黒い車を止め、そこで彼女を見ていた。
「あれが本橋彩也子か」と香川祐二はつぶやいた。
本橋彩也子のもとに一通の手紙が届けられた。
差出人は池田法律事務所とある。
手紙を開けてみると、
-本橋彩也子様のご親族の件に関しまして、重要なお話があるため、当事務所にお越し頂きたい-
日時の指定もしてある。
何なのだろう?彼女は不安を感じた。
ノートパソコンを開き、ネットで池田法律事務所を検索してみた。
かなり大手の法律事務所だ。こんなところから私に何を。ますます彼女はわからなくなった。
もしかして、母が親戚から借金をしていたのだろうか。いや、母の親戚はシングルマザーの母には冷たかった。お金を貸せることはないだろう。第一、母の親戚が、こんな一流の法律事務所になんか頼むはずもない。
では、何なのだろう?
彼女は薄気味悪く思った。
約束の日だった。
池田法律事務所で、香川祐二と池田弁護士が彼女を待っていた。
「彼女は本当に来るでしょうか」と祐二が言った。
「来るとは思いますが・・」と池田弁護士が言った。
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