128人が本棚に入れています
本棚に追加
約束の時間を10分過ぎた。
二人はじりじりとして、時計を見ていた。
やがて部屋はノックされ、事務員が入って来た。
「本橋彩也子さんがいらっしゃいました」
彩也子は部屋に入ると、二人の男の視線に圧倒された。
一人は敏腕そうな弁護士だ。そしてもう一人は洗練されたビジネスマン風の、30代の長身の男性だった。
どちらも、彼女の生きている領域では見当たらないタイプの人間だ。
彼女は思わず委縮した。
その様子を見て、池田弁護士が言った。
「本橋さん、弁護士の池田です。どうぞお座り下さい」
3人はソファに座ると、池田弁護士と祐二が名刺を差し出した。
彼女は祐二の名刺を見て、訳がわからなくなった。
上村ホールディングスの経営企画本部長?
上村ホールディングスは知っている。一流企業だ。その経営企画本部長が私に何の用があるというのだ。
「本橋さん、突然のことでおどろいているのはわかっています。でも、これからお話しすることは事実なんです」と祐二が言った。
「何のことですか・・」と彩也子はおずおずときいた。
池田弁護士が話を始めた。
その内容がすすむほど、彩也子の顔色が変わっていった。やがて顔が紅潮し始めると、彼女の指先が震えてきた。
「そんな・・」と彼女は言った。
「驚かれたのは無理ないと思います」と池田弁護士が言った。
「信じられません。私が母から聞いていたのは、父は子供の頃死んでしまったということだけです。それが・・生きていたなんて」と彼女は言った。
目は遠い過去を見つめているかのようだった。
「これを見て下さい」と祐二は言うと、一通の手紙を彼女に渡した。
その手紙は彼女の母優子から上村会長に宛てたものだった。
彼女はそれを読んだ。
読んでいるうちに、いつしか彼女は泣いていた。
娘が生まれたということ、そして上村家には迷惑をかけず、一人で育てるから心配しないでほしいと。その娘は彩也子と名付けたと。
「会長から預かってきた手紙です。間違いなくお母さんの手紙ですよね」と祐二は言った。
彼女は、泣きながらうなずくと手紙をテーブルに置いた。
「突然のことで・・頭の整理がつきません」と彼女は言った。
最初のコメントを投稿しよう!