第2章 彩也子

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約束の時間を10分過ぎた。 二人はじりじりとして、時計を見ていた。 やがて部屋はノックされ、事務員が入って来た。 「本橋彩也子さんがいらっしゃいました」 彩也子は部屋に入ると、二人の男の視線に圧倒された。 一人は敏腕そうな弁護士だ。そしてもう一人は洗練されたビジネスマン風の、30代の長身の男性だった。 どちらも、彼女の生きている領域では見当たらないタイプの人間だ。 彼女は思わず委縮した。 その様子を見て、池田弁護士が言った。 「本橋さん、弁護士の池田です。どうぞお座り下さい」 3人はソファに座ると、池田弁護士と祐二が名刺を差し出した。 彼女は祐二の名刺を見て、訳がわからなくなった。 上村ホールディングスの経営企画本部長? 上村ホールディングスは知っている。一流企業だ。その経営企画本部長が私に何の用があるというのだ。 「本橋さん、突然のことでおどろいているのはわかっています。でも、これからお話しすることは事実なんです」と祐二が言った。 「何のことですか・・」と彩也子はおずおずときいた。 池田弁護士が話を始めた。 その内容がすすむほど、彩也子の顔色が変わっていった。やがて顔が紅潮し始めると、彼女の指先が震えてきた。 「そんな・・」と彼女は言った。 「驚かれたのは無理ないと思います」と池田弁護士が言った。 「信じられません。私が母から聞いていたのは、父は子供の頃死んでしまったということだけです。それが・・生きていたなんて」と彼女は言った。 目は遠い過去を見つめているかのようだった。 「これを見て下さい」と祐二は言うと、一通の手紙を彼女に渡した。 その手紙は彼女の母優子から上村会長に宛てたものだった。 彼女はそれを読んだ。 読んでいるうちに、いつしか彼女は泣いていた。 娘が生まれたということ、そして上村家には迷惑をかけず、一人で育てるから心配しないでほしいと。その娘は彩也子と名付けたと。 「会長から預かってきた手紙です。間違いなくお母さんの手紙ですよね」と祐二は言った。 彼女は、泣きながらうなずくと手紙をテーブルに置いた。 「突然のことで・・頭の整理がつきません」と彼女は言った。
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