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半年がたった。
30階建ての自社ビルのエレベーターに乗り込むと、それは最上階をめざして(のぼ)っていいった。
最上階には会長室がある。
彼は会長室の扉を開けた。そこには現在誰もいない。そして、さらに奥の部屋のドアをノックした。
「どうぞ」と彩也子が返事をした。
香川祐二が部屋に入ると、彩也子はあたりを一望できる大きな窓から、ビルの谷間を見ていた。
「今日はいい天気だから、ビル街もきれいに見えるだろう」と祐二が言った。
彩也子は頷くと言った。
「父は、いつもこの光景を見ていたのね」
「ああ、そうだよ。ここでは会長と僕は月曜のミーティングをしていたんだ」
何だかそれも、遠い過去のような気がする。と祐二は思った。
「体のほうは大丈夫なの?」と彼女がきいた。
「大丈夫だ。学生時代ラグビーで鍛えておいたからね」
彩也子はふっと微笑んだ。
「やはりアメリカに行ってしまうのね」
「そうだよ。明日がフライトだ」
祐二は、上村ホールディングスのニューヨーク支社長として赴任するのだ。
「当分、帰ってこないのね」
「もう、アメリカに骨をうずめるつもりだと、社長には言っておいた」
アメリカ行きは由美の希望だった。由美は男の子を出産した。
由美の姉は商社マンに嫁ぎ、やはりニューヨークにいるのだった。それで、由美はニューヨーク行きを希望したのだ。
祐二は、彩也子の影におびえ、苦しんでいる由美のために決意したのだった。
「寂しくなるわ」と彩也子が、彼を見て言った。
「もう、君は大丈夫だよ。僕がいなくても」
あれから、様々な事が変化していった。
謙一は粉飾決算が発覚し、社長の座を追われた。その後、上村会長の片腕だった取締役の江藤が社長になった。
すべて上村会長の思惑通りになった。と祐二は思った。
この筋書きを、彩也子を取り戻す前から、会長は思い描いていたのだろうか。そうだとしたら、さすが上村会長だ。
そして、祐二はその筋書きを動かす上での大切な駒だったというわけか。
それもすべて、この最愛の娘のためだったのだ。
上村ホールディングスの重要な相続人のための・・
「会社には慣れた?」と彼が言った。
「なんとか・・」
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