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秋良の問いに応えて、著名な学者氏は笑顔で応じる。
わあー、丸い。ぷくぷく丸い。笑顔も眼鏡も顔も身体もくるくる巻き毛も、何から何まで全部丸いのね。
元は白い肌だったろうに、日焼けて茶色く、そばかすだらけの顔は愛嬌があって憎めない。
若くはないのだろうが少年のような顔をした紳士だ。
「これは何ですか」一応訊ねてみた。
「何だと思いますか」彼は答える。
独特の訛りのある英語だ。アメリカ本土とは違う。英語圏出身だろうが、もしかしたら違う土地の出身かもしれない。
「白黒がはっきりしていて、イルカか何かでしょうか」
「そうです、これは、シャチです」
「シャチ? こんなに大きなぬいぐるみは初めて見ました」
「そうでしょう、自分もです」
「浮き輪なら知ってますよ。プールサイドで見かけます」
「浮き輪?」
「ええ。大人でも乗れそうな大きさなんです。バナナボートみたいな。子供を乗せて浮かべて遊ばせるのを良く見かけますよ」
「そうか、浮き輪か。それなら持ち運びが楽だったな、かさばらなくて済んだのに」
彼はやれやれと言って笑った。
「お土産ですの? お子様へ」
「そう! 子供と……」
「お子様と?」
「ああ、いや――」彼は言い淀む。
「こんな大きな代物、喜ばないかもしれない……」
「わかりませんよ、わざわざここまで持って来たんですもの、大切な品なのでしょう?」
「ええ、そう。約束したんです。二人だけの約束なんです――」
彼はふうと息を吐く。
ぬいぐるみを見るにしては切なすぎる眼差しに、秋良は心を動かされる。
「大切な想いが込められているんですね。お気持ちが届くといいのですけど」
「ありがとう」
ドモ アリガト、と日本語を添えて彼は言った。「あなたはビジンさんですね」と。
『ビジン』と言う口調が何とも板についていなく、秋良は吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。
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