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ふたりが結婚する前のこと。
美月は言っていた。「これからはもっと傍で、健吾くんを支えてあげるんだ」と、屈託なく笑って。
「偉そうに言うなよ。なにも知らないくせに」
健吾は土手の草をちぎり、浩二に投げつける。
草は浩二の目の前に落ち、土だけが頬にかかった。
「あぁ、知らねーよ。
けどずっと傍でお前らを見てたんだから、知らなくてもわかってんだよ。
美月がどれだけお前が好きなのか、お前じゃなきゃだめなのかを。
そんな美月を俺のところに寄越して、あいつが幸せになれるとでも思ってんの? バカじゃねーの」
乱暴に土を拭うと、手の甲がざらりとした。
まくし立てたせいで呼吸が荒く、目頭まで熱くなる。
「……美月が好きだったよ。だけど、今は違う」
大きく息を吸えば、湿った土の匂いと川の匂いが肺を満たした。
「違うんだよ」と独り言のように繰り返せば、不思議なくらい頭の中がクリアになる。
そうだ、違う。
心にいる人は美月じゃなくて、もうとっくに瑞希だった。
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