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かすかな人の気配がする程度の、しんとした場内。
それが今の瑞希にはちょうどよかった。
目を瞑ると和明のことが思い浮かんで、笑いたくないのに苦笑してしまう。
ここに来たのは、映画を見に来たわけじゃない。和明に振られた時と同じ理由だ。
なのに、まさかまた彼との結婚話が浮上しているなんて、あの時じゃ考えられない。
和明にプロポーズされた時、まともな精神状態じゃなくて保留にしてしまった。
けどやっぱりすぐに断ればよかったと、後悔もした。
それでもどこかで思う。あの時勢いで頷いていれば、なにも考えずに楽になれたのかと。
ゆっくり目をあければ、灰色のスクリーンが視界に入った。
瑞希はただそれだけなのに、泣きそうになった。
家ではずっと持ち帰りの仕事をしていて、涙は一粒も流していない。
毎日帰る部屋に辛い記憶を落としたくなくて、それならと、行き場のない思いをここに置き去ろうとしていた。
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